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窪島誠一郎

朝日新聞に窪島誠一郎の記事が出ているのだが、かみさんはこの人が大嫌いなので怒っている。

窪島誠一郎は、その生涯で何度か結婚、離婚を繰り返した水上勉が無名の極貧時代に最初の結婚で作った息子で、結局経済的な理由で育てることを断念した当時の水上の妻により養子に出されている。ちなみに水上勉は、妻にその話を聞かされて、ただ一言「そうか」と返答しただけだった、と伝えられている。

以下はかみさんから聞いた話。

窪島誠一郎の養父母もとても貧しかったが、それでもなんとか養子の誠一郎を育て上げた。やがて窪島は妻と共にスナック「塔」を開店、小劇場の立ち上げなど頭角を現すようになる。

細かい年度などはわからないが、そんなある時期に窪島は自分の実父が水上勉であることを知る。自身の遺伝性の病気の症状が両親にはみられないこと、血液型などからも養父母が実の親ではないことは既に知っていたようだ。実父の存在を知り、窪島は自分が平凡な貧乏人の家系の人間ではなく、後の文化功労者で高名な作家の血筋であることに有頂天となり、水上勉との交流を深める一方で、自分を捨てたと実母のことは決して理解しようとせず冷遇し、やがて81歳という高齢で自殺に追いやることになる。また大恩ある養父母に至っては口をきくことさえ避け、スナックの奥の三畳間に住まわせたまま、自身は長野で戦没学生の作品を展示する美術館の設立などやりたい仕事をやる一方、その介護を最後まで妻に押し付けた。

自殺した実母の日記が残されており、困窮と将来の展望のなさからやむなく息子を手放した苦悩と、それでも息子を気にかけざるを得ない母親としての心情、および当時息子のためにほとんど何もしてやらなかった水上勉は社会的地位や名声もあってかすぐにに受け入れられた一方、自分は息子に冷遇され、ないがしろにされ、面会さえままならないことで受けた傷が生々しく記録されている。窪島誠一郎は実母の死後、遺族よりこの日記を受け取ったそうだが、数年間開いて見ることもなかったようだ。

以上は窪島自身による文章で知ることの出来ることのようだが、ざっと検索したところではそれらしい情報は見つかっていない。確かに、この話を聞く限りでは、何が戦没学生だよ、という気にはさせられる。

Posted by on 7月 17, 2007 in life

Comments

  • みーこ より:

    http://subaru.shueisha.co.jp/html/books/bo0601_k.html

    「みなし子同士ですね」

    平然とこんなこと言う窪島が大嫌い。
    実の子を断腸の思いで手放し、何十年も子供の身を案じ最期は「愛情がなく手放したわけではない」という命がけのメッセージを伝えるために自殺した実母、実の親ではないとわかった時から死ぬまで一言も口を聞かなかった誠一郎を責めるどころか「誠ちゃんはわてらの子や」と言い続けながら必死で働いて成人させた養父母。
    こんな愛情深い親がいたのに平然と「みなし子」とのたまう根性が嫌い。その裏には「水上勉の実の子供なのに名字が違う、第一子扱いでない」ことへの嫉みに聞こえる。

    実父が早死にして、養父(その他の愛人)に虐待を受けたあたしからすれば、甘ちゃんジジイだ。奥さんに子育て、養父母の介護一切を任せて離れて暮らしてたくせに。生活が軌道に乗りそうでもすぐに新たに借金して美術館の新館を作ったり、ギリギリの状況に追い込む癖があるので子供に「岩壁の父」と言われたらしい。

  • みーこ より:

    追記:

    戦争を知らないあたしが戦争の最中に生まれた人に甘ちゃんと言うのは失礼かもしれないけれど、この時代によその子を必死で守り抜いた養父母は本当に立派だと思う。靴職人だったか靴磨きをしている両親の姿を地を舐めるように屈んで恥ずかしいと言っていた。そのくせ女にだらしなく無責任な水上勉を慕うなんて恥ずかしいのはお前だ。

    子育てに関わったことがあればわかると思うけど、2歳くらいの子供って本当に手がかかる。おむつも夜泣きも病気も怪我もするしとにかく大変。当時は食べ物だって苦労しただろう。学費もかかるし。それなのに我が子以上の愛情でもって、夫婦で育ててきたのに3畳間に閉じ込められて、感謝の言葉どころか口も聞いてもらえなかったなんて。出世した水上勉にたかることもない、誠一郎を責めることもしない、本当の子供にだってこんな風に接することは困難だ。無償の愛ってすごい。

    実母にしたって、あんなに無責任だった水上勉と息子が打ち解けて、自分は拒否され続けるってことに苦しんだだろう。それでも子供を責めることなく、自分を責め続けて80歳過ぎるまで苦しんで自殺するなんて。

    現在は本人も養父母、実母の苦労を偲んだような発言をしているが、遅すぎる。自分の子供が出来たときに、子育てに参加してその大変さを経験すればもっと早く養父母や実母の有り難さに気がついただろう。子育て、介護全て奥さんに任せて自分は好き勝手やって、養父母と実母が死ぬまでその尊さに気がつかなかったボンクラが戦争や時代のせいにして、今更親のことを語っても空々しい。

    村山槐多だってお前なんか嫌いだと思う。

  • 通りすがり より:

    嫌いなら、勝手に思っていればいいのに。
    本人が公に出した情報と憶測でしかわからないのに。本当に所なんてわかるはずもないのに。

  • admin より:

    本当のところなんて、本人が公にした情報と憶測の中にしかありませんよ。

  • κ仙人 より:

    彼から父への手紙という自署の販売を依頼されたことがあった。
    その頃、彼は新宿高校を卒業したと言っていました。
    ほんとうは私立の海城高校を卒業したらしい(そうだとしたら、育ての親はそんなに貧乏であったと歯思えない。なんとなくうそっぽい目つきのはと胸男であった。ただ、茫洋としていながら何となく他人をうまく利用するようなカリスマ的なところもあり、この点は普通の人と少し違っていたようです。下北沢かそのあたりにのコンクリートの打ちっぱなしの劇場にも案内されたことがありますが、40歳かそこらでなかなか商才があるなとも感じました。外国へよく行って絵もかき集めていたようです。結論、本質的には商人なのです。

  • もも より:

    こんなものが残っているんですね。
    初めて読みました。

    人には好き嫌いがあるので、仕方ありません。

    でもココに書かれた情報は本人が出したもの。
    作家は、誰しもが大なり小なり自分をセルフプロデュースしています。真実はなにか・・・

    何年も何十年も、本人が両方の両親の事を綴り語るのは何でか?
    ご家族が何故、支え続けるのか?

    本当の真実は、あなたの憶測とは違うでしょう。

  • y より:

    どうして窪島誠一郎ファンは「真実はそこにあるとは限りません」みたいな下らないほのめかしばかりぶつけてくるんだ?自分の方が関係者だからよく知ってますとでも言いたいの?あーそうよかったね。でも本人の言ったことと書いたこと以外のことなんか知るかよ。

  • 樋口光博 より:

    無言館のある地域に住んでいる者ですが、三十年ほど前に、前山寺というお寺のあたりを下駄をはいて乞食のような恰好をして
    ウロウロ歩いている一人の男を見ました。それが窪島誠一郎だったのです。そのうちに、前山寺の住職をだまくらかしたのかどうか、いつのまにかお寺のあたりに美術館みたいなものを建てて、無言館なるものを建てました。最初は入場料をココロザシなどと言っていたようですが、最近はすごくボッテいるようです。上から目線の陰気ないやな奴です。

  • yama より:

    聖人君子的な作家なんておそらくそうそういないですよ。書いたものが自身を本当にさらけ出しているわけでもないし、物を書くこと自体がわがままで自分勝手なことを書き連ねているはずです。そしてそれが一人でもいいから、人の心をとらえることがでlきれば、それはそれで一つの作品として生きるのだと思います。それを離れて人となりを云々しても仕方ないのではないでしょうか。水上勉がどんなに冷酷非情であろうが、窪島誠一郎が陰気な自分勝手な甘ちゃんであろうが、書いたもの、あるいは残したものが、人の心に何がしかの波紋を起こしうるなら、それはそれとしての価値は十分にあると思います。今は情報が色んな意味であふれていて、それに大きく左右されることが往々にしてあります。例えば、太宰にしても女性との情死を何度か試みて、相手の女性が死んだりしています。太宰ほどではないにしても多くの作家が傍から見れば自堕落な生活をしながら、作品を残しています。翻って聖人君子的な私生活をした芸術家は概して多くないように思います。あんまり道徳的観念に拘らず、もっと自由な視点でものを見ていくことも大事なのではという気がします。

  • y より:

    そういうのを相対化とかいうんじゃないですか?話を大きく広げてなんか語っているように見えますが、実のところは単純に話がズレていると思います。どーしよーもない生活を送った作家なんて(作家に限らずですが)山ほどいたでしょう。別にその人たちをいちいち糾弾したいとは誰も思っていないはずです。その人たちの作品の意味については、まあ勝手に解釈すればいいでしょう。世論と体制が許す限りは誰もが自由ですから。

    しかし、そのどーしよーもない奴がいちいち説教くさいまねをしたら、むかつくよね、と思うのはそんなにおかしなことではありません。太宰の走れメロスが面白いのは、彼自身が全くもってメロス的な人物ではないことにも大きく起因するのは賛成して頂けるでしょう。それなのに、太宰に偉そうに説教される筋合いはないと思うのもまた同様です。本文にあるように、私自身は窪島には何の興味も関心もありませんが、話を聞く限りでは、そんな奴に偉そうに戦没者がどうこうとかいわれても鼻白むということです。

  • ナショナルギャラリー・・画廊  豊田千秋 より:

    大阪、ミナミの場末のバーで岡晴夫の演奏をしていたマスターが弾くギターの音色で窪島さんは歌ってくれました。その美しい声は懐かしい思い出です。   

  • shimazaki より:

    実際目の当りにしたご本人は、他人にとやかく言われるまでもなく自身の愚かさなどじゅうぶん自覚されています。その上で、戦争へと向かっていきそうな現状社会に対して苦言を上げ続けています。窪島さん自身がどうこうであれ、そういう活動を続けているという姿勢を尊敬します。

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