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ジェレミー・ブラウンの引退

この時期、目が離せないメジャーリーグのトランザクション。2008年2月15日、ついにジェレミー・ブラウンの引退が公示された。「個人的な理由」だという。去年まで所属していたオークランドのトリプルA、サクラメントのサイトでも発表されている。チームのロースター一覧からはキャッチャーが誰もいなくなってしまった。

ジェレミー・ブラウンの通算成績は、4度メジャーに昇格して出場は2006年の5試合、成績は10打数3安打で2本の二塁打。

つまり、全く無名の二軍の選手だ。

そんなブラウンの引退がここまで大きく報じられているのは、オークランド・アスレティックスの強さの秘密を探るノンフィクション『マネー・ボール 』の影響だ。アスレティックスの強さはこの10年の成績でも十分に証明されている。プレーオフの常連チームであり、ジェイソン・ジアンビ、ミゲル・テハーダ、バリー・ジート、ジョニー・デーモンなど、アスレティックス出身でリーグを代表するプレーヤーになったケースは枚挙にいとまながい。しかし、チームの総年俸はリーグ最下位クラスで、ロッカーの清涼飲料水も有料、フリーエージェントとなった選手と複数年契約を結ぶのはエリック・チャベスという特異点的例外を除けば皆無であり、強豪と呼ばれる他のチームと比べれば圧倒的に不利な状況に置かれている。『マネー・ボール』が描き出すのは、そんな状況下で安定した成績を挙げる強いチームを作り出している運営者側の手腕、特に元メジャーリーグの選手というジェネラルマネージャとしては異色の経歴を持つビリー・ビーンのミニマリスト的な哲学だ。

メジャーリーグの規則では、ドラフトで入団した選手には一定期間、年俸調停の権利がない。低年俸で使える戦力を確保するのは貧乏球団にとって至上命題であり、低予算で高額な選手を獲得できない分、ドラフトこそがマネーボールの要となるべき場所である。アスレティックスはこれまでにも多くの優秀な選手をドラフトで入団させて、翌年のドラフト指名権と引き換えに他球団に手放すまで安月給でコキ使って強くなってきた。そのがめつさたるや、バリー・ジートはアスレティックスからフリーエージェントになった翌年、リーグでも最高年俸のピッチャーになってしまったほどだ。とはいえ、毎年そんな選手を指名できてきたわけではない。ジートにしても、GMであるビリー・ビーンが強硬に主張したから指名できたのであって、同年のドラフトからメジャーで活躍できたのは2位指名のラドウィックくらいのもの。翌2000年はさらにひどいもので、めぼしいところはせいぜい17位指名のリッチ・ハーデンくらい。遂に2001年のドラフトから、ビーンGM率いるアスレティックスはこれまでの慣習を捨て去るような全く新しい選手の見極め方を取り入れることになる。マネーボールのハイライトとなるべき場面のひとつだ。

そんなアスレティックスが2002年に選んだドラフト1位の選手が、ジェレミー・ブラウンその人だった。身長も低い、肩も弱い、足も遅く、無名の大学出身で、おまけに太っている。だが、選球眼が良く、出塁率が高く、そして長打率も高い。守備では貢献できなくても、また不格好でジーンズのモデルにはなれなくても、アスレティックスの選手としては適格で、それでいて他のチームのスカウトや高年俸の選手から高額の報酬を得る代理人たちからは見向きもされない男。わざわざ1位で指名しなくてもどこも拾わないかもしれない、目立たない選手。しかし、アスレティックスが指名したときから、彼はただの地味な野球選手から、あのマネー・ボールのチームが選んだとびきりの逸材という存在となってしまったのだ。ジェレミー・ブラウンをドラフト1位で指名すること、それこそが当時のビリー・ビーン、アスレティックスの野球が何たるかを現しているといっても決して過言ではない。そんな風に受け取られていた。

それともう一つ、『マネー・ボール』ではこれまでのアスレティックスの強さの秘密が説明されていた。しかし、過去に起きた現象の説明としていくら優秀であっても、まだ結果の出ていない未来を予見できるわけではない。果たして同じ説明がまだ起きていない未来の出来事にも通用するのだろうか。そうなったとき、初めてこの理論の強力さが証明されるのではないか。ジェレミー・ブラウンをドラフトで1位に指名することには、多くの人にとってそんな課題への回答という意味合いをもってしまった感がある。アスレティックスを今日の強者としている理論が導き出した、未来の強力な戦力、ジェレミー・ブラウン。

同年のドラフトでアスレティックスに選出され、その後メジャーリーグで活躍した選手には、先発投手の柱の一角にまで成長したジョー・ブラントン、下手投げに転向してデビュー以来メジャーの新人投手の連続無失点イニングで記録を作ってしまったブラッド・ジーグラー、先日放出されたがチームの中心選手にまで成長したニック・スウィッシャー、カンザスシティーで活躍するマーク・ティーエンがいる。また、ブラウンも活躍したトリプルAのサクラメントにはブライアン・スタヴィスキーがいて、メジャー昇格を狙っている。通常、これだけの成果が上がるドラフトならスカウト冥利につきるだろう。一人のメジャーリーガーも排出しないドラフトも珍しいものではないのだから。

それに、結局ブラウンの昇格がなくともアスレティックスは強く、2000年から2004年まで連続してプレーオフに出場、一回休みを挟んで、バリー・ジートの契約最終年である2006年もリーグ優勝を果たした。2008年こそ沈んだが、今後もきっとやってくれるだろう。

しかし、それでも多くの人々が、ジェレミー・ブラウンの昇格を待ち続けた。テキサスやロサンジェルス・ドジャーズのような、あるいはニューヨークの2球団のような大金持ち連中のチームを打ち負かす魔術『マネー・ボール』がこの世に送り出す強力なスラッガー。高給取りの金満ピッチャーたちを打ち崩し、マネー・ボールの神話に新たなページを加えてくれる。その外見たるや穴熊と見紛うばかり。彼の名はジェレミー・ブラウン。

ブラウンの引退が発表された。本人の意思によるものなのだから、尊重されるべきだろう。だが、その引退の意味は単なる無名選手のそれとは少し違っていて、どう違っているのかは上の文章で説明を試みたのだが、彼を取り巻く状況の他にも、もっと情緒的な理由もある。プロ選手としての葛藤や不安を抱えた新人のブラウンとスウィッシャーが、やがて頭角を現していく様を活き活きと描いた『マネー・ボール』の最終章の感動的な場面を思い返すと、なんだか複雑な気分になってしまうのだ。あの後、ジェレミー・ブラウンの身にどんなことが起きたのだろう。マネー・ボールの続編があるとしたら、そこにはどんな姿が描かれるのだろうか。無名選手の引退では、その活躍の軌跡など詳細に紹介されることはない。そもそも、活躍の軌跡自体が存在しないのだから、仕方がない。だが、実際には、よくよく見れば、誰にだってそれぞれの人生物語があり、マネー・ボールの最終章はそれらの知られざる物語の実に強力な側面を鮮やかに描き出してくれていた。だから、無名選手の引退が、巨大なヒーローの引退のように感じられたとしても、それは決して不思議なことではないのだ。

先週、食事中に店の壁掛けテレビで公聴会に出席するロジャー・クレメンスの映像を見た。クレメンスの引退はほぼ決まりなのだろうが、自分にとってはジェレミー・ブラウンの引退の方がこの300勝投手の引退や不正な薬物の使用疑惑よりはるかにショックで、はるかに感慨深かった。

Posted by on 2月 17, 2008 in Baseball

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