コンピュータのトラブルシューティングに適した性格とそうでない性格がある。まあ、態度というか姿勢といってもいいが、どちらも性格から出てくるものだから、ここではまとめて性格と呼ぶことにする。
仕事でいつも対応しているのはウェブアプリケーションのトラブルだから、ここではその話に限定する。プリンタが動かないとか、マシンが重くなったとか、そういった問題は全部再インストールすればなんとかなることだから何もかも忘れてリストアして遠くの店に昼飯でも食べに行けばいいと思う。
ウェブアプリケーションのトラブルといってもいろいろある。これまで実際に直接または間接的に経験したものでも、アプリケーションのレベルの単なる不具合から、日頃のケアを怠ったせいで累積した問題が(比喩的にいえば)爆発してサービスが提供できない状態になっていたり、はたまたデータセンタが文字通り火事になっていたり、とにかくトラブルの原因も現象も千差万別だ。
そんな日常の中で、唯一といっていいほど必ず効果的なトラブルシューティングの手法があって、この逆をやると間違いなく二次災害や余計な手間になったり、運が良くてもその場の人間をみんなうんざりさせたりするのだが、それは
「パニくるな」
という黄金律で、とにかくこれが出来ない人間は絶対にトラブルが発生した現場に居てはいけないし、対応するなどもっての他だ。パニックを起こす理由はいろいろある。その人が全財産を投資して構築したシステムが目の前で崩壊しているのかもしれないし、単純に持っているスキルでは何をしていいのか見当もつかないのでひたすら慌ててしまっているのかもしれない。たいした能力もなく気が小さいくせに日頃から威勢のいいことを言いふらしておのれの実力以上に自己宣伝しているので急に本番がやって来て追いつめられたのかもしれない。だが、理由はともかく、パニックを起こしても問題解決にはいっさい何も寄与しない。
それから、自分がパニックしているかどうかを自分だけで知る方法は、自分の足を引っ張って空を飛ぶのと同じ要領で、つまり存在しない。だから、トラブルが発生したときに「ちょっと黙っててもらえますか?」「うるさい」などの言葉を投げつけられたり、トラブル対応中の人に何か質問しても無視されたら、これは自分がパニックしている証拠だと考えなければいけない。もちろん、そんなことを考えられるくらい冷静なら、そもそも文句などいわれないしパニックなど起こしてはいないので、結局は何の意味もないのだけれど。
ジーン・ウルフの短編によれば、未来世界でも「はた迷惑な人」をなんとかする薬は発明されていないそうだ。さもありなん。
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“拷問者の影(新装版 新しい太陽の書1) (ハヤカワ文庫SF)” (ジーン・ウルフ)
写真入りでは紹介できないくらい、気恥ずかしくなる表紙で再発されたジーン・ウルフの長編。しかし、“デス博士の島その他の物語 (未来の文学)” (ジーン ウルフ, 伊藤 典夫, 柳下 毅一郎)に満足した人なら、中身は問題ないだろう。ちょっと安易な筋書きが見え隠れするのを我慢出来れば、の話だが。散文家、という言い方があるのかどうかは知らないが、凄まじく入り組んで不可解かつおぼろな手がかりしかない状況を描きながら、それがハンス・ヘニー・ヤーンの“十三の無気味な物語”のように、決して荒唐無稽とは思われないようにすることができるのは、希有な才能というべきだろう。
うーん、例えば。ある女がいて、彼女には過去の記憶がない。しかし、自分が処女じゃないと思っている。なぜなら、自分は傷つき疲れて眠る男の側で一晩中起きていて、それで満ち足りることが出来るから。男はその話を聞いて、納得する。こんな描写があるわけだが、この心理の文化的バックグランドが何なのか、理解するのは難しい。それでいて、これだけの内容でもって読者にこのような心理、考え方が人々の脳裏に想起している世界の存在を実感させる。そういう書き手なのである。
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この冬の読書記録その1。

『神聖喜劇』の題名
確かバーナード・ショーの書いていたことだったと思うが、喜劇の構造に「ある共通の価値観を持つ集団」の中に放り込まれた「精神的な異邦人」という典型がある。アイルランド人であるショーがイングランドの貴族社会の人々の偽善を皮肉に描く作品を残したように、あるいは後に不当にも犯罪的性的倒錯者として獄死する投獄されるオスカー・ワイルドが周囲の文化的偽善を小馬鹿にしたブラックユーモアに満ちた警句を数多残したように、自分以外の人間たちが当然と思い込む事柄に疑問を感じるのは喜劇の始まりとなる(ときに終わりが悲劇となるにしても)ことも確かにあるらしい。
一枚岩として行動する人間を作り出すためにある軍隊の教練に、何かといえばすぐに長大な恣意を巡らせて、文字通り逡巡する哲学者的人間を放り込めば、噛み合ない両者の行き違いが滑稽さを醸し出すのも当然であろう。ショーであれば、それを「人と超人」のような愉快な喜劇としてまとめあげるのかもしれないが、大西巨人の本作では徴兵とその先に待ち受けている戦場の暗い影が常にどこかに見え隠れする新兵教育の対馬が舞台となっていることもあり、確実に喜劇としての物語構造を有しながら、その喜劇的なやり取りが時に尋常ならざる荘厳さ、人間性をもって迫ってくる。ほぼ確実なる死を前に、知識人としての使命であると認識していた反戦運動に破れ、まだ青臭い虚無主義者として「この戦争で死ぬべき」自己を実際に死の予感に満ち満ちた軍隊に置くことによって、これまでそこにありながらあえて意識にものぼらなかった自分自身のいわば生への意志と和解していく。そんな意味合いにおいて、本作の題名は神聖であり喜劇である。ダンテの『神曲』における何やらと強引に結びつけた解釈も可能かもしれないが、どちらかといえば上のようなことを連想させられた。
『引用、繰り返し』
小説としての『神聖喜劇』の目立った特徴は、まずなんといっても異様なまでの引用の多さだ。何せ、古今東西、非常に数多くの文学、詩文、報道、社会思想書などなどが主人公の連想として次から次へと登場する。その量たるや、お恥ずかしいことにほとほと困って正直なところいくつかの漢文などはストーリーの先を読みたいあまりさらりと流してしまったほどである。しかしながら、読書に淫するいじけた似非知識人の衒いが悪臭ぷんぷんたる、などということは全くなく、逆にうまそうな料理のたくさん載っている本を読んで腹が減るように、さらなる読書へと誘うようなものでもなくはない。
また、元は新聞雑誌への連載であったという性格もあってか、先に書かれたのと一字一句違わない主人公の心理描写が複数回登場するのもひとつの特徴だろう。原稿用紙にして5千枚弱という大作なので必要に駆られてのことだったのかもしれないが、繰り返しによりストーリーにアクセントや新たな緊張感が醸し出されるという効果もあり、また、本作のアウトラインである「異常なほどの記憶力を有する主人公が、たとえ『ごまめの歯ぎしり』を自覚しつつも、その能力でもって超形式主義的な軍隊組織に立ち向かう」に照らし合わせると、一字一句違わない心理描写の繰り返しがまさにこの主人公の能力や心理そのものを滑稽なまでに忠実に描写しているかのようで面白い。
『再び喜劇』
滑稽なまでに、とつい先ほど書いたわけだが、この異常なまでに忠実な描写による滑稽さは、例えば第二部の性描写にもあてはまる。これはあくまで邪推なのだが、出版物たるもの、やはり売れないことにはどうしようもない。売れる本といえば、即物的な考え方かもしれないが、やはりエロである。性の描写を巧みに織り込むことはベストセラーにおいて欠かせないテクニックであり、それでこそ売る側もハッピー、買う側もハッピー、仲介業者もハッピー、となるわけだ。著者自身、それを知らないわけではなかろう。思い入れの深い作品であれば、売れてもらわなければならぬと思うこともないわけでもないだろう。わざわざ巻末の解説に瀬戸内寂聴を配して構成される、主人公が徴兵される直前に広島の料理屋「安芸」の未亡人との情事が語られる第二部は、本作全体の中で性についての記述の大半が押し込まれた一冊となっている。しかし喜び勇んで本書を手に取る読者が目にするのは、「男の無骨な指先の下で彼女の白い柔肌が打ち震えるのであった」といった貧乏臭いベッドシーンではなく、そのかわり、異常な記憶力とこれまでに読んできた文学作品がすぐに連想の中に延々と現れる妙な体質の男が、研究者のように己の行為を観察しつつ思い起こす、どぎついだけに余計またその律儀な描写が滑稽な、そんな場面の連続である。なんというか、一種の清々しさを覚える。
『長くなったのでまとめると』
前にも書いたが、ヘンリー・ミラーいわく、ドストエフスキーの作品の内、いくつかは老後のために読まずに残しておくべきなのだそうだ。本作も、そんなくらいの価値のある長編に数えられても何の不思議もない。読み終わって、ああまたせっかくの良書を既読の作品リストに入れてしまった、という快楽主義者なら誰もが知っている満足と後悔の混じり合った感覚を味わった。
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楽天レンタルでDVDを借りてみた。でも一か月無料のお試し期間を見込んで申し込んでも届くまでに一か月近くかかってしまって意味がなかった。困ったものだ。品揃えもまだまだ。
借りたのはこれ。
原作が非常によかったので期待半分、上下巻組の長い作品を1時間半程度の尺にどうやって押し込むのかは、本人も作家であるという脚本のデヴィッド・ベニオフの腕の見せ所だったのだが、ううむ、ニューヨーク育ちの脚本家にはいまいちどう扱っていいかわからない作品だったようだ。というと意地が悪い気もするが、それもひとえに原作が面白かったせいであり、思い入れのある箇所がどう料理されているのか楽しみにしていた分だけ文句が出てしまうのも仕方がないところ。ドリームワークス作品とは知らなかったが、良くも悪くもそのせいでかっちりしたつくりになっている。やっぱり家族向けにあんまりひどいシーンは出さない方針だったのだろう。
割と淡々と省略気味のストーリーが原作に忠実に続くので、ちょっとした感動作にはちゃんとなっている。でもタリバンに銃撃されるシーンなどは、アクションシーンの少ない映画なのでちょっと原作を変えて入れてみましたとでもいいたげな感じで、一気に現実感が薄れてしまい残念だった。
とはいえ、ハッサン役の子供(アフマド・ハーン・マフムードザダ)が非常にかわいらしく、彼を見ているだけで泣ける。あと、原書を読んでいないので、ああここはこういうセリフだったのか、という楽しみはある。
原作はとにかくよかったのでおすすめだ。繰り返します。原作は非常によかったです。ここ試験に出ます。拷問されるか読むか選べといわれたら、遠い故郷のこととかいろいろ考えてから覚悟を決めて、読む方を選びましょう。
お前みたいな甘やかされた中流育ちにこの厳しい現実に生きる人たちに共感なんか出来るかよ、という意見もあるかもしれないが、出来るに決まっている。俺たちは虫けらだろうが外宇宙人だろうが、理解可能と思えたものになら何でも共感する。それが不満なら、共感の意味についてよーく考えてから、素振り100回してこればいいと思う。
著者は移民二世の内科医とのこと。やっぱり移民二世は親の期待を背負って猛勉強して医者か弁護士になる、というのは単なるステレオタイプじゃなくて現実みたいだ。作品の中では主人公がすんなり作家になってしまうあたり、著者のちょっとした主張が垣間見える。
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この有名なエントリで読んだ、プロセスが使用しているメモリサイズを調べる方法の話が「サーバ/インフラを支える技術」にも載っていた。
しかし、注意しなければいけない。VmHWMはたとえばCentOS 4.5でカーネルを更新していなかったりする場合は表示されない。
では、いつそんなものが表示されるようになったのか。さすがにそんなマニアックなことはちょっとわからなかったので調べてみた。Googleではなかなかヒットしてくれない。仕方がないのでkernel.orgから2.6.xxのChangelogだけwgetしてgrepで探してみたら、2.6.15に
And there has been no collector of these hiwater statistics in the tree. The
new convention needs an example, so match Frank’s usage by adding a VmPeak
line above VmSize to /proc//status, and also a VmHWM line above VmRSS
(High-Water-Mark or High-Water-Memory).
という記述を発見。こいつだ。
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といってもコーヒーの話ではない。
会社の同僚が帰省中に読むのにちょうどいい本はないかというので、たまたま思い出した「ルーツ」はどうかと勧めてみた。
ちょっと前に、ブックオフがけしからんのは「ルーツ」のハードカバー版が100円コーナーで叩き売りされているところだ、と話していたので思い出したのだ。
しかしながら、他の同僚たちに聞いてみると、ほとんど誰も「ルーツ」のことを知らないのに驚いた。一過性のベストセラーとして歴史に葬られたような売られ方をしている本だから仕方がないのかもしれない。
ただし、同世代の中には、読んだことはなくてもこのテレビドラマ版“ルーツ コレクターズBOX” のことを覚えている人なら少しはいた。といっても、1977年に放映されたものなのであらすじなどは誰も覚えていなかったが、逃亡を図って捕まった主人公クンタ・キンテが白人たちに木に縛られ、足の先を斧で切り落とされるという強烈なシーンだけははっきりと覚えていると皆が口を揃えていた。確かに、子供の頃、このシーンを観て、父にどうしてこんなことをしているの?と尋ねると、父が黙ってニヤリと笑ったのでもっと怖くなったのを今でもはっきりと覚えている。そして10年以上経ってこの本を読み、ああ、これがあのときのあの場面か、と不意の再会に驚いたのも今では思い出だ。
著者のアレックス・ヘイリーの名前はジャズが好きな人ならどこかで目にしたことがあるかもしれない。マイルズ・デイヴィスの自伝“マイルス・デイビス自叙伝”を読んだ人は、マイルズにインタビューを申し込んで、当時ボクシングで体を鍛えていたマイルスにじゃあリングに上がれといわれてボコボコにされ、それでも引き下がらなかったので根性を認められて晴れてインタビューを取れたジャーナリストの逸話を覚えているだろう。その哀れなインタビュアーこそが、著者のアレックス・ヘイリーその人だ。
「ルーツ」は、そんな型破りのジャーナリストが、奴隷としてアフリカで誘拐されアメリカに連れ去られてきた祖先に至までの自分の血縁を遡り、数世代に渡るスケールの大きなドラマとして再構成した物語だ。その時間軸、受け継がれていく血脈というあたりは、“橋のない川” や“百年の孤独” に通じ、苦難の歴史を経た一家の物語が、やがて著者自身の誕生の瞬間にたどり着くあたりは読んでいて思わず身震いしてしまうほどだ。
一部が盗作であった(65万ドルを支払って和解)ことにより非難を浴び、そのためトニ・モリソンのような評価を受けることもないまま、著者の病死もあって歴史の中に埋もれてしまいそうな本なのだが、それでも読む価値はある本だと断言できる。
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“The Meaning of Life” (Terry Eagleton)
去年出たようだがまだ読んでいなかったのでメモ。
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かみさんが子供服やエプロンなんかの手作り本を買っていた。
型紙もついているので簡単に作れる。それでいて価格もお手頃。近所の書店でバーゲン品の棚にあった。かみさんに読みながらわからないところを聞かれるのだが、こちらもランニングステッチが何のことかわからないので書いてある通りに適当に説明すると、手芸に詳しいかみさんはそんな説明でもああわかったとすぐに理解するのが不思議だ。
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技術書以外でこの2ヶ月くらいで読んだ本。

“トゥルー・ストーリーズ (新潮文庫 オ 9-10)” (ポール・オースター)
昔読んだ「Hand to mouth」が収録されていたので読んだ。やっぱり今読んでも面白かった。

“ミスター・ヴァーティゴ (新潮文庫)” (ポール オースター)
久しぶりにポール・オースターを読んだので、未読だったのにも手を出した。

“デス博士の島その他の物語 (未来の文学)” (ジーン ウルフ, 伊藤 典夫, 柳下 毅一郎)
この作家の本を今まで全然読んでなかったのを後悔した。

“暗号解読 上巻 (1) (新潮文庫 シ 37-2)” (サイモン・シン)
うーん、面白いんだけど、同じ作者の“フェルマーの最終定理 (新潮文庫)” の方がよかったかも。扱うテーマに含まれるドラマの数の違いか。
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