Image 01 Image 02

0
Posted on 13th 2月 2009 by y

エクストリーム・ヘッドハンターズ株式会社*1 ○○様

はじめまして。八木と申します。Linkedinからのアクセスでしょうか。

ご紹介いただいております案件ですが、正直なところを申し上げれば残念ながら特に技術的な興味を引く内容ではありませんでした。申し訳ございません。

それだけでは何なので、僭越ながら、私が職業について個人的に重視する項目についてざっとご説明申し上げたいと思います。お忙しい中、大変恐縮ではございますが、ご関心があればお読み頂ければ幸いです。

■作業環境

開発の効率化をお題目に挙げている開発会社はいくらでもありますが、実際に効力のある手段を実現しているところはそう多くはありません。n個の「K」で始まる問題を抱える職業なりに、多くの企業がこの点を問題として会議の議題にしていることは間違いありません。

しかし、実際には、この問題の答えは非常に明確かつ単純であり、やる気になればそう難しいことではありません。

それが無料の食事や飲料の提供ではないこともいうまでもありません。

私が考えるもっとも効果的な生産効率向上手段は、静かなオフィスです。冗談のように思われるかもしれませんが、これまで経験した中でこれ以上に効果的な手段はありませんでした。もちろん、手旗信号の方がまだましなひどいネットワーク環境や停電続きの建物などは論外ですが、営業の電話がひっきりなしに鳴り続け、コーディング中のプログラマが管理者たちのこれ見よがしな自慢話にイヤホンで抵抗するような作業環境では、どんなプログラミング言語もツールも役に立ちません。

さらに驚くべきことに、ソフトウェア開発の現場について上のようなことが指摘されたのはかれこれ20年以上も前のことです。

しかし、現実には、何人もの管理者が寄り集まって(私も時折その中の一人であるわけですが)、開発ツールをEclipseにするべきか、言語をJavaにするべきか、などなど愚にもつかない議論を繰り返すばかりで、プログラマはせめてオフィスが静かになる夜にようやく落ち着いて作業に取りかかっているといった具合の開発会社は枚挙に暇がありません。

私が転職するとすれば、そこが静かで集中できる職場であることが必須条件です。

■組織

日常生活においては人間同士のつながり、付き合いは引き起こされるストレスと密接な関係にあり、非常に重要なものですが、キャリアとしての仕事を考えれば、やはり企業は人よりもまず組織が重要です。

社内である程度の技術力を発揮して認められたプログラマが、よき友人たちに囲まれて、給与も上がり(残業代はなくなり)、そしてひどい作業環境で悪戦苦闘する哀れな若いプログラマたちの管理を任され、そんな状況なので不具合は浜の真砂の如く尽きることはなく、メールの返信の手を休めることなく障害報告書をクライアントに送り続けるようになるだけのキャリアパスしか用意されていない企業で失われた若さを嘆くのも人生ですが、ソフトウェア開発者の未来としてみればそれが魅力的な人生であるかどうかは意見の分かれるところです。

ある職が用意されているとして、それはキャリアにどのような意味を持つものなのか、組織がどのようにそれを定義しているのかが重要なことだと私は思っています。

■その他

さて、上段に構えてえらそうなことを書き連ねましたが、ウェブ開発におけるキャリアとして面白そうな職場があれば興味があるのは確かです。面白い仕事があれば是非お話をお伺いすることができればと思います。

では、よい週末を。

*1 もちろん、実在の会社名ではない。

Popularity: 3% [?]

0
Posted on 15th 1月 2009 by y

そろそろまとめとくか。とくに今回経験したことから意外だった点とかをピックアップ。

(1)胎児の様子はビデオに残せる

病院でエコー写真をもらってくるのはよくある話なのだが、病院によってはVHSビデオテープを持ち込めばビデオ映像をもらえるところもある。いまどきビデオテープを探すのも大変かもしれないが、それだけの価値はある。

ただし、エコーで撮影した画像を3D写真に加工したやつはちょっと不気味なのであんまりおすすめできない。

(2)骨まで愛して

エコーで撮影された映像には胎児の骸骨が映ることがある。かみさんはギャーと叫んで笑っていたが、確かに笑えるくらい不気味な髑髏画像になる。それはそれでかわいいので、お楽しみに。

(3)病院の嫌な客

たまに見かけるのが、妊婦の付添でやってきた親や配偶者が、自分の娘や嫁に夢中になって、他の妊婦さんに席を譲ったりすることもなく、待合室にどっかと座りこんでいるケース。いろいろ心配事もあるんだろうけど、自分は元気なんだろうから、席くらい譲ればいいのに。

(4)胎児のサイズはわからない

胎児の体重は大腿骨の成長具合で推測して計測される。だから、だいたいの値になる。と、まあつまらないダジャレが言いたかったのではなく、推測値なので、出産直前になっても(推定)体重が増えずどうしようと悩むケースが結構あるようだ。うちの場合、2500グラム以下といわれてかみさんが相当落ち込んでいたのだが、結局産まれてみれば2900グラム以上あった。これは、エコーで撮影された大腿骨がそもそも動きまわっていたり、斜めから撮影されていたりして、ちゃんと長さや太さを測ることができないから生じる誤差が原因なので、途中経過で特に問題がないなら、あまり気に病む必要はないらしい。

(5)準備教室は意外と面白い

区で開催する準備教室とやらに参加してみた。入浴や着替えの実習を人形相手にやるわけだが、けっこうリアルな人形なのでいい練習になる。しかし、うちでは結局ここで習ったようなちゃんとした入浴方法はほとんど(たぶん数回しか)やっていない。風呂場でバスタブに腰かけて太ももの上に赤ん坊をひっくり返してシャワーでざぶざぶ洗ってもぜんぜん嫌がらないしむしろ気持ちいいみたいなのでずっとそうやっている。顔にお湯がかかってもへっちゃらだ。たぶん、おっかなびっくり入浴させると子供の方が何やら異様な雰囲気に気圧されてしまうのだろう。適当にちゃっちゃか洗ってやるとあっけらかんとしたものである。

(6)父子手帳というものがある

申請すれば保健所から父子手帳というのがもらえる。妊婦の様子や出産の様子を書き記したり、そのあたりの生活の心得なんかを読んだりするのに使う。

(7)おならぶー

どんなにオシャレなカップルも、妊婦のおならには耐えなければならない。というか、腸が圧迫されているので、妊婦はたとえアンジェリーナ・ジョリーであってもみんなうっかりぷーすかおならをするものである。これまでどんなに隙のない美女を演じていても、この運命からは逃れられない。どのみち、出産なんておならぷーどころの騒ぎじゃないので、ここら辺で人生を一度清算しておいた方がいい。

(8)事前の打ち合わせが重要

破水した妊婦を前に平然としていられる人間はそうそういないので、事前に入院時の用意は済ませておくのがベスト。それから、いくつかの事項については必ず妊婦と配偶者の双方のコンセンサスを得られるよう、協議しておく必要がある。たとえば、腰の揉み方。下手な揉み方ややる気のない揉み方ほど妊婦を激怒させるものはない。

出産時の妊婦は、自分がこの世で最も不公平かつ苦痛に満ちた扱いを受けていると考えるし、それもあながち間違いともいえない。そのため、日ごろの不満、現状への不満、将来への不満を何の躊躇もなく次から次へと叫び散らすことだって大いにあり得る。その際、付添人に出来ることといえば、少しでも(数千本の針の山から2本くらい短いのを抜く程度だが)苦痛を和らげるための努力として、妊婦の腰を揉むくらいしかない。その際、少しでも揉み方が気に入らなければ、阿修羅と化した妊婦にここぞとばかりに罵倒されることになる。正直いって、配偶者としては何の痛みも感じないし、せいぜい夜中に起きているとか、じっと座っていておしりが痛いとか、そんな程度の負担しかないわけだから、出産期間のすべての暴言については、事前の取り決めで後でなかったことにするよう約束しておくことをすすめる。そして、腰の揉み方については、やはり事前の取り決めで必ずその方法を確認し、それに沿ってひたすら飽くことなく揉み続けること。ここでうっかり他のことに気を取られて揉み方がまずかったり、事前の取り決めをぼんやりして聞き流していたりすると後々まで非難されることになる。だが、その非難に応酬することなど、出産に立ち会ってしまった人には決して出来ない。特に、相手が苦しんでいる中で食べられなかった病院食をかわりに平らげたりしていた人ならば。

とにかく、出産時にしてもらいたいこと、してはいけないことは事前に確認し、この期間中のあらゆる暴言については出産後になかったことにするという取り決めを結んでおくことが重要だ。正気と理性のなくなった相手を許すことは、そんなに難しくはない。

(9)面会謝絶!

出産直後に見舞いに来るのは非礼も甚だしい。出産を終えた元妊婦だって、尻の毛まで逆立つほどいきみかえっていたばかりで、他人を迎えて挨拶なんぞしたくはないはずだ。化粧もせず髪はぼうぼう、疲労の極みで作り笑顔も満足にできやしない。やっと出てきた我が子を、病原菌だらけの外の世界からやって来た連中のおぞましい手で撫で回されるなど冗談じゃない気分なのだ。だから、せめて数日は最小限の見舞いしか受け付けないよう、配偶者も注意すること。

(10)30歳にもなれば誰だって

子供の成長は人それぞれである。何か月で寝返りをうつ、何か月で歯が生える、など平均的な指標はあるのだが、当然ながらそれは個体差があり、多少早かろうが遅かろうが本人の才能に大きな影響があるというデータはない。どうせ30歳くらいまでにはハイハイくらいできるようになるので、この時期の成長の早さに関する心配のほとんどは無駄である。もちろん、病気その他については真剣に心配する必要があるが、ハイハイもせず突然つかまり立ちするようになるうちの赤ん坊のように、人間にはそれぞれの成長過程というものがあり、それが他と多少違うからといってギャーギャー騒ぐのは愚かというものだ。だから、この手の話題にはいつも「まあ、30歳くらいまでにはなんとかなるでしょ」と返事することにしている。

Popularity: 5% [?]

0
Posted on 9th 1月 2009 by y

こんな自動返信メールが届いた。

On behalf of President Bush, thank you for your correspondence.

We appreciate hearing your views and welcome your suggestions.

Due to the large volume of e-mail received, the White House cannot respond to every message.

Thank you again for taking the time to write.

ひどいのは、メールに標題がないこと。ブッシュ政権にはまともな自動返信プログラムを作るだけの人間がいないのか。

Popularity: 3% [?]

0
Posted on 1st 1月 2009 by y

いつも見る夢というのが二種類あるのですが、大晦日も

・学校に再入学させられる(たぶん中学校)
・学期の途中なので何がどうなっているのかぜんぜんわからない
・どの教室に行っていいのかもわからない
・出席日数はもう足りない状態になっている
・ノートを忘れている

という、いつもの夢を見ました。初夢は、たぶんもう一個のパターン

・目の前で飛行機が墜落するのを一部始終眺めている

を見ると思います。あけましておめでとうございます。

Popularity: 2% [?]

0
Posted on 24th 12月 2008 by y

東京国際フォーラムのクマが当たった。
081224_105601081224_105501

Popularity: 3% [?]

0
Posted on 9th 11月 2008 by y

法事のたびに思うのだが、7回忌とか13回忌とか、仏教ってよくできてるなと感心する。法事が複数かぶってしまうのは、経済的にも日程の調整という意味でも、普段仕事をしている人にとってはけっこう大変だ。そこで、一桁の最大の素数である7とかその2乗の49とかを法事の日に定めて重複を回避しようとする仏教ってよくできている。これが最初から意図されていたことなのか、それとも長年の経験から出来た規則なのかはわからないが、調べると面白いことがわかるかもしれない。

わからないかもしれない。

Popularity: 4% [?]

0
Posted on 31st 10月 2008 by y

咳が止まらず、鼻水も止まらない。目が乾いて痛む。頭がくらくらして、体が動かない。

Popularity: 2% [?]

0
Posted on 28th 10月 2008 by y

UPDATE:よく似た名前の別人だと判明したので修正。

Kという人物に出会ったのは、19歳の頃。右も左もわからないまま、行き当たりばったりに出会った人たちとライブハウスで演奏したりしていた頃のことだ。最初に会ったのは、確か4月だったと思うが、友人の通称いぬおじさんとちんげの3人で道端でビールを飲んでいたら、彼らが京都に旅行に出かけることになっていたので、ほいほいと付いていったら、待ち合わせ場所に現れたのがKとその彼女のタロウだった。Kはメタルっぽい風貌の男で、ちょっと神経質そうなところもあるが比較的常識人という印象だった。太郎は背中に失敗作みたいな変な刺青のある丸顔の女で、本質的には気さくな感じのどっしりした感じの、なんというか染めもの好きの農家の嫁みたいな人物だった。

道中、とくにどうということも起きなかったが、青春18きっぷを当てにしていたのが時期が外れていたので、とりあえず後先のことは考えず最低金額の切符を買い、とにかく東海道本線の各駅停車に乗り込み、あとは検札が来たら降りて逃げるのを繰り返して、終電までにやっと名古屋の手前あたりまで辿り着いた。プラットフォームから降りて線路を渡って柵を越え、駅前に出たが朝まで過ごせそうな居酒屋も見当たらない。近くに街道があるらしくラブホテルのネオンが見えたのでそこに泊まることにした。いぬおじさんとちんげ、私の3人で一部屋、タロウとKで一部屋に分かれて泊まったが、途中窓を叩く音がして開けてみるとあちこちの部屋の窓を叩いてまわっていたらしいタロウがひょっこり顔を出したり、適当な部屋にいたずら電話をしたり、適当な知り合いに電話したら偶然にもここが相手の出身地だったことがわかったり、なんというか遅ればせながらの修学旅行みたいだった。

翌日、そういえばバイトがあったことを思い出したので京都に向かう一行と別れて私は一人でまた各駅停車で帰った。途中、親切な人たちに降りる駅で最低金額の切符を買ってもらったりして、捕まってもたいした額にならないようにしながら無賃乗車していたが、結局何事もなく帰宅した。

その後、私はいぬおじさんのグループに入り込み、Kやタロウのバンドと何度か同じライブハウスで演奏したが、正直なところ少なくとも私には彼らの音楽のどこがいいのか全く理解できなかった。時折聞こえてくるKの歌「死ぬ以上の苦しみ~」みたいなのも、妙な衒いの他に感じることもなく、なにいってやがんだ、くらいの印象しかなかった。まあ、他にもいろいろと理由はあるのだが、私が個人的に最も気に食わなかったのは、Kが自分のステージネームを名乗っていることだった。ステージにて化粧する人間とステージネームがあってしかもそれが冗談になっていない人間は理解できない。いずれにせよ、事情は個々人でいろいろ違うのだろうが、われわれは時折、Kのバンドと同じステージで彼らを愚弄するようになった。

当時、われわれと非常に折り合いの悪いライブハウス(代々木チョコレートシティー)があり、ひょっとしたら何かの行き違いかもしれないが、リハーサルやちょっとした打ち合わせにもいちいち邪魔が入るようなことがあり、またステージ上のモニタがただの箱くらいの働きしかしていないのも気に食わず、とにかく不満たらたらだったのだが、そのときにもKのバンドにいたずらを実行した。上半身裸でステージに登場した私の胸には「イヤサカさん」と書かれた大きな名札が貼られ、壊れたアコーディオンを手にでたらめに演奏しながら「死ぬ以上の苦しみ~」と歌い、「これから●●(Kの本名)のマネをします。脱がなきゃダメよ~」と言い放つと、さっき誰かに教わった昔のお笑い芸人の持ちネタらしい変な踊りを繰り返した。

今思い出したのだが、われわれといっても、当時はまだメンバーとして加入して楽器を演奏していたわけではなかったので(確かこの次のライブから演奏していた)、私は演目とも何の関係もない、ただのわけのわからない人物だったのかもしれない。まあ、いい。人生とは時にはそんなもんだ。

さらに悪質なことに、われわれは自分たちの演奏が終わると、どこかのスタジオからレンタルしてKのバンドと共用していたシンバルをドラムセットから引っこ抜いて、次に登場するKたちの演奏が始まる前に返却しに出かけてそのまま帰らなかった。あんなひどい店にはシンバルなんて必要ない、そんなにじゃんじゃん音が鳴っててほしいなら針で鼓膜でも突っついてりゃいい、というのがわれわれの言い分だった。

Kと最後に会ったのは、それから数週間後、楽器を質屋に預けた金で飲んでいた高円寺の居酒屋でのことだ。ドラマとギターを除くメンバー二人で適当に昼間から酒を飲んでいたわれわれのところに、血相を変えたKがやって来たのだ。上機嫌なわれわれが聞くところによれば、事情は次の通りらしい。

(1)Kは非常に怒っている。まあ無理もあるまい。
(2)タロウも非常に怒っている。まあ上に同じ。
(3)Kは高く評価していたいぬおじさんが私のせいで堕落したと思っている。
(4)逃げたり抵抗したらドラマーをやってやる。
(5)われわれの居場所をゲロしたのはギター。

なるほど。いかにも常識人のKらしいもっともな理屈である。当時日本で最も有名な広告代理店の一つに勤めていたドラマーに何かあったらかわいそうだということもあり、じゃあいいよと私はKと共に店の外に出て、しばらくボカボカと殴られて、じゃあ、と別れて元の席に戻った。店の人がビニール袋に氷を入れて用意してくれていたので、ありがたく使わせてもらいながらしばらく飲み、それからおもむろにギターを電話で呼び出した。

やがてギターのやつがやって来たので一緒に飲みながら事情を聞いた。彼はKとは長い付き合いがあるらしい。まあ、くどくどと言い訳を聞きながら、われわれは平静を保ち酒を飲んだ。やがて、ギターがトイレに中座すると、いぬおじさんは懐から一枚の千円札を取り出し、その真ん中に店の鉛筆で「じゃあな」と書き入れ、テーブルの目立つところに置いた。われわれはそのまま店を出た。

この話には素敵な後日談がある。数年後、二人揃ってこの居酒屋に足を運んだわれわれの席に注文を取りにやってきた店員さんが、偶然にも氷を用意してくれた人で、われわれのことも覚えていた。ほら、覚えてますよ、あれからずっと取っておいたんですよ、と彼女が財布から取り出した千円札には、懐かしの「じゃあな」の文字が残っていた。

さて、Kがまだそのステージネームを名乗っていることを知ったわけだが、いつになっても嫌なものである。

Popularity: 2% [?]

0
Posted on 21st 10月 2008 by y

ついに次男が寝返った。うぬう、諸行無常の響きあり。


不敵に笑うまめぞう。彼の人生初の寝返りは、大のお気に入りのうんこを拭くウェットティッシュが入ったビニールの袋をつかんでかじろうとした行為が所以であった。

Popularity: 2% [?]

3
Posted on 9th 9月 2008 by y

http://d.hatena.ne.jp/pollyanna/20080903/p1

男脳とか女脳とかいわれると反発を覚えるのは、当然のことだ。というのも、なんとか脳というのが、あるときは環境により決定される、またあるときは遺伝により決定される器質的問題であるかのように語られるのは、ちょっと考えればどちらも正しいとはいえないのに、まるで何かの決定論みたいに語られるとむかつくのは当然だからだ。

環境により決定される、というのは、たとえばゲーム脳とかがそうだが、周囲の環境によって脳がある決まったパターンの働きをするようになってしまうというもの。暴力的なゲームをやりすぎることにより、脳が現実とゲームの違いをきちんと認識できなくなって現実社会で暴力を起こすようになるのだ、とかなんとか。

もちろん、人間の行動は環境に影響される。しかし、相関関係と因果関係を綿密に調べるなら、それが脳の器質的問題となることはめったにない。そもそも、脳はそんなに単純なものではなく、また一見単純に思われる人間の行動も、その動機や背景となる理由には様々な要素が絡み合っている。

ゲーム脳の明らかな間違いには、この説を唱える学者自身の偏見がそのまま反映されているのが興味深い。ある人間の行動が環境により影響されるという、これ自体はごく当たり前の考え方と偏見とが科学の名前で結びつくと、単なる偏向以上の強い影響力をもった学説として立ち現れるのは、たとえば「人間の測りまちがい」を読んだ人にはなじみ深いものだろう。

遺伝的な決定論として男脳や女脳を唱える人は、古典的優生学の生き残りの差別主義者であるのはもちろんだが、たとえば貧困が絶望を生むとか女性の置かれた社会的なプレッシャーが女性の行動を限定しがちであるとか、そういった社会的要因を全て逆転させてしまって、女がこれこれなのは生まれつき脳がこれこれだからだ、という決定論に胡坐をかいて何も見ようとしない愚か者でしかない。

しかし、経験的に女性がこうでありがちだ、という特徴が全く存在しないわけではない。たとえば、上のリンクの日記に書かれたようなことが、実際に統計をとったら事実として認められることもあるかもしれない。解決方法を提示されるより共感されることを好む女性の方が多いという結果を生む調査だってやればできる可能性はある。

しかし、ここまで述べたように、それが遺伝的な器質的問題であったり、単純な環境の問題であると決定したりするのは同じレベルの誤りである。相関関係と因果関係はよく取り違えられる仲の悪い双子のようなもので、ある傾向(女性は共感されるのが好き)をとらえることができれば、たちまちのうちに因果関係(女性の社会的地位による、女性の脳の器質による、などなど)を説明できてしまうと考えるのは愚かな行為以外の何物でもない。

でも、ある意味ではそれも健康な反応であるともいえなくはない。だって、女性の行動についてその原因を探ろうと思ったら、簡単に見えたとしても実際にはとても難しく、問題をとらえる視点によって結論も左右されてしまうような、決定的な手段もいまだ提供されていない未開拓の分野なので、ひどい泥沼にはまることになるだろう。生兵法は怪我のもと。他にやらなければいけないことがたくさんある人なら、ひょっとしたら「ああ、まあそれが女ってもんだよ」と片付けてしまいたくなるのも当然だからだ。

なので、男脳とか女脳とかいうのは、知りたくても知ることができないものについて、手が届きそうで届かないまま、どうにかおのれを納得させうようとする人々の哀れな最後っ屁ととらえるのが最も慈悲深いやり方なのだろう。もちろん、それが実害をもたらすレベル、たとえばあなたの前にいる人が本気で男脳とか女脳とか言い出してあなたを責める、貶める、蔑むような状況でない限り、ほっときゃいい。そういう状況なら、存分に罵倒すればいい。ネタならいくらでもある。

自分自身についていえば、こういう「女とは」みたいな話をするときは、かみさんが何かしたりしてイライラしたときだけで、それを読んでかみさんが激怒したらちょっとだけすかっとするから、という不純な動機による言明でしかなく、科学的な厳密さについては全く考慮していない。夫婦円満を目指す手段のひとつにすぎない。

納得できない人は、アパッチ加山もやってみたBBCのSEXテストをどうぞ。階級差は知能の差であり、階級の低い人間は教育しても決して理解はできないという強い偏見に長いこと苛まれてきたイギリスの考える性差についていろいろ面白いことがわかるかもしれない。

Popularity: 4% [?]