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組織と集団

食事中の方には申し訳ないが、「凌遅刑(レンツェ)」という処刑方法がある。ずっと前に、確かジョン・ゾーンのプロジェクトでアルバムタイトルとジャケット用写真に使われていたので知ったのだが、要するにこれは公開処刑の一種で、死刑囚を直立した状態に縛りつけ、体のあちこちを少しずつ切り取ってネチネチとなぶり殺しにするやり方のことだ。清朝の中国まで行われていたので、探せば写真による記録も見つかる。ジョルジュ・バタイユに至ってはその写真からあれやこれやの考察をものしているくらいだから、それなりに有名だ。

組織というものについて考えるとき、まあたいていは夜中にひとりで考え事をしているときなのだが、よくこのレンツェについて想像を巡らせてしまうことがある。身内を殺された人ならともかく、赤の他人にこんな残酷な処刑をすることができるのは、相当なサイコパスか、そうすることを命じられた人しかいない。誰だって生きたままの人間の手足を切り刻んでうれしいわけがない。そう、うれしいわけがないようなまねをするのは、サイコパスか組織に属した人間しかいないのだ。

集団の面白いところは、人間は社会性というもののせいでいろいろと利他的な行動を取ったりするようになる一方で、集団に属していることで「上からの指示」や同調圧力とやらで倫理のタガが外れたような残虐なまねをすることもあり、そうでなくとも人間というのは複数で集まればセックスや金の見栄の張り合いみたいなことをして喜んでいる変な生き物なのだ。だから、会社の同僚のことを考えるとき、ちょっと病的かもしれないが、もし彼らが残酷きわまりない皇帝から俺のことをレンツェに処するよう指令を受けたとき、こいつは俺を助けるだろうか、それとも迷いつつも処刑するのか、あるいは淡々と便所掃除のように割り切って俺を切り刻むのだろうか、と想像することがある。

Posted by on 7月 20, 2010 in Work

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