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結論はない


Small Giants [スモール・ジャイアンツ] 事業拡大以上の価値を見出した14の企業

ビジネス書をたくさん読むような人間ではないので、比較してどうこういうことはできないが、面白い本であることには間違いはない。たぶん、買って損はしないだろう。魅力的な会社を作るには、企業文化が大事だよ、というお話。

本書に登場するのは、業種も規模も様々だが、いずれも株式を公開していない企業ばかりだ。また、いずれも業績は好調で、まだ創業者が率いているか、二代目や三代目くらいの若い企業という点も共通している。それと、大量に資金を集めて規模の経済を展開している企業はひとつもない。みんな本業であげた利益を再投資して身の丈に合った規模で居続けており、ページビューはありますがマネタイズの方法を探し続ける途中です、みたいなビジネスはやっていない。当たり前だ。他人の金で博打を打つような世界に企業文化もへったくれもないだろう。そんなわけだから、回収した資金を次の一手に突っ込み続けて、収益逓増から収益逓減に至るまでの数年間の内に社長の名前で成功の法則本を10冊ものして新進気鋭の経営者として政府諮問委員会に名を連ねるとか、そういった類いの成功談は本書には収められていない。

企業文化と聞いてメセナとかボランティア活動とかを思い浮かべる人は多いだろうが、実際のところ、公開企業の文化とは何だろうか。例えば、その会社ではソフトウェア開発が結構重要な業務であるとして、優秀なソフトウェア開発者確保のために、プログラマの執務は全て個室(まあ消防法とかもあるから、ガラスとかである程度囲った部屋っぽいものでいい)、電話は設置しないで、晴れた日には富士山が遠くに姿を現すようなパノラマ的光景の広がる窓が全員の椅子(もちろんアーロンチェアとか)から見えているようなオフィスに改築しよう、なんて企画が通るかどうか考えてみよう。もちろんここでは「ないない」と反応してほしいのだが、創業時からそうやってきたわけでもないなら、当然ながら通るわけがない。普通、公開企業であるなら、そんなものを作るためには、誰かがその費用対効果を説明する資料を作成して、上司に提出し、しかるべきチェックを通して、上司の上司…と階段をのぼって一番上の人も株主総会とか取締役会とかで足下をすくわれないよう説得可能な状態にしなくちゃいけないし、そんなことはどうひっくり返ったって無理なので、もっと落ち着いた企画、例えば大企業らしくいかに我が社の製品がエコであるのかを宣伝する映像をレセプションの前に設置された巨大なスクリーンに一日中垂れ流すとかの素晴らしい案(だって三菱電機もやってたし)が採用される。もちろん、企画書とかは業者さんが持ってきてくれるので心配ない。どちらが金がかかるかなんて考える必要はない。だって、サラリーマンなんですもの。

ところが、上に書いたような(そして本書に登場するような)非公開企業であれば、もちろん先立つものは必要だけれど、この程度の作業環境の改善なら、やってやれないことはない。なぜなら、これは費用対効果がどうこうとかいう次元の話ではなく、ソフトウェア開発会社であれば、自社のソフトウェアが重要なものである一方でソフトウェア開発を巧みに外注して成功した事例は天地開闢以来おそらく皆無なので、単純に自明のことだからだ。

だったらみんな当然やってるでしょ、と予想できそうなものだが、現実はそうではない。ですよね?そんな会社、見たことないもん。そして、本書に登場するような会社というのも、正直なところ、実際に見たことはない。

つまり、まとめると、本書に登場する企業というのは、ありそうでない、ある意味で夢のような会社ばかりだ。いや、実際のところどうなのかは知らない。だって、現実に知っている企業、知っている人々が登場するわけではないのだから。けれども、話を読む限りでは、決して非現実的というわけではないので、あっても不思議ではない。と同時に、経験的に考えると、あるわけがないともいえる。ややこしい。

本書の難しさ、あるいは結論の弱さもそこに原因がある。登場するどの企業にも、マジックがある。そこには美しい物語があり、ぜひとも働いてみたい環境の中で働く人々の生活が讃えられている。それでいて、決して現実離れしているわけではない。だって、少なくともそういう面があるというのは間違いなく現実なのだから。

普通、ビジネス書であるわけだから、単なる啓蒙以上に、直接的なアドバイスみたいなものがあった方が読み手もすっきりするだろう。成功のための10か条、とか何でもいいが、とにかく結論というものがあって、それに向かって走ればいいんだYO!と嘘でもいいからいってもらった方が楽だ。それがないのは、想像するに、自明のことを会社としてちゃんとやるには、相当に優秀な人が率いる組織でないと難しいからではなかろうか。本書に登場する企業はどこもある程度以上の成功を収めている。企業が生き残る確率の低さを考えれば、それだけでも相当にすごいことだ。しかも企業文化なるものを発展させ、従業員の幸福や働くことの意義といった問題までケアするようになるとすれば、それだけでも凄まじい成功といえる。つまり、企業文化だのなんだのってのが話題になり評判になるような会社を率いているほどに大成功した人を分析して、あなたたちみたいにすっごい成功する方法って何ですか?という質問に一冊の本で答えようとするのは、いくらなんでも無謀すぎる。簡単な結論なんかあるわけがないのだ。だって、その会社って本来の業務だってすごいんだから。

とはいえ、いくらすごいといっても、お前ら無能な凡人にはどーしよーもねーよ、というディストピア的ビジョンをまき散らしても仕方がないので、本書はそのすごい会社の姿をなるたけ丁寧に追いかけることで、真似できるならすればいい、くらいのことは教えてくれる。それだって相当に難しいことだろう。だから、それ自体が競争力の源泉となったとしても不思議ではない。そういう意味で、社員の生産性が上がったら、まあ褒美にちょっとくらい作業環境のことも考えてやってもいいよ、でもあんまり調子に乗るなよ、くらいに考えている人にはこんな本は読むだけ時間の無駄だ。そもそも、そのように考えている時点で自明のことが理解できていないわけだし、リクルーティングもまともに出来ないダメな経営者なのだから、成功者の真似などしても無意味だ。

以上、これに多少似たようなことを書いてアップロードしていたらデータが飛んでしまって、もうすっかりやる気をなくして、でもまだ微かに残っていた勢いでもう一度最初から書いたレビューでした。

Posted by on 3月 10, 2011 in Books

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