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杭州印象 その2

【なんか空海?】

翌朝、杭州の外れに霊寺というのがあるというので案内してもらいました。どこの国でも宗教施設というのは面白いものです。しかもここは中国ですから、お坊さんたちはみんな少林寺みたいな格好をしています。案内してくれた元同僚に寺のあちこちでどこであのかっこいい服を買えるか聞いてもらいましたが、結局売り物ではないので譲ってはもらえませんでした。

なむー

なんでも、昔々、日本から空海がここに留学に来ていたそうで、何年か前に日中友好なんたら協会によって金ぴかの空海の像が建てられていました。関係があるかどうか知りませんが、境内のあちこちの屋台でおでんみたいな串が売られていて、どこも具は高野豆腐でした。高野豆腐好きにはたまりません。もし空海の時代に高野山に持ち帰られたものだったりしたら、ちょっとロマンティックな話ですね。そういえば、般若心経が境内にでっかく掲示されていましたが、中国の人にはあれは漢字ばっかりの変な呪文じゃなくてちゃんとした文章に見えるんだなあ、と感慨に耽りました。ちょっとだけ。

ちょっとかっこいい

王羲之の扇があったので購入。

霊寺の行き帰りは中国人の元同僚のお兄さんに送り迎えしてもらいました。ありがとうございました。杭州市内のきれいな住宅地にお住まいで、お休みのところをわざわざ車を出して頂いて本当に助かりました。VWはエアコンの効きがいいのですごく気持ちがよかったです。それに、霊寺に車で行くには、途中の検問所を通るためにあちらに知り合いがいるなどコネが必要で、そこら辺もクリアしてもらえました。

午後からはいよいよローカル線に乗って移動です。行き先は江山市とかいうところだそうな。どこだろ?

【ローカル線】

行列というのは、並んでいる人たちの間に何かしらの同意があってこそ形成されるものであって、それがないとドアに向かって一斉に襲いかかる素早いゾンビのような集団になってしまうでしょう。その一方で、ある程度の合意がある人間同士という関係は諍いを生むものでもあります。だって、そうでなければトムもジェリーもいつまでたっても追いかけっこを始めず、右翼も左翼も互いの頭を叩き合う理由が何もなくなってしまいますから。つまり、完全に同意の形成を放棄した他人同士の押し合いへし合いは、下手に関係を構築してしまうと喧嘩になってしまうから避けようという高度な合意の下に営まれる行為なのかもしれません。まあ、ただのでまかせですが。

杭州の駅もバスも、とにかく押し合いへし合い、生きるスキルを試されているような場所でした。機嫌の悪い運転手だと、降りますボタンを押した人がいても、車内の混雑で降りるのが遅れると平気で無視してドアを閉めてしまいます。じゃあ降りるバス停に近づいたらドアの方に移動すればいいじゃない、と王妃様なら思われるかもしれませんが、だいたい身動きできないので出来ません。そんなとき、日本人であればすいません、すいません、と片手をサムライソードのようにかざしながら通るのですが、ここ杭州では無言でプッシュ!プッシュ!プッシュ!と、ザ・キュアーのように押しまくります。その方が効率が悪い気がしますが、実はいろいろな言語を母語とする少数民族の集まりなので言葉が通じないとか、いろんな事情があるのでしょう。もちろん、これもでたらめな推測です。

ところが、不思議なことにローカル線の乗り込み口では、人々はちゃんと並んでいました。

杭州の駅から乗り込んだのは、温州とかの方に行く路線で、中国人の元同僚曰く、中国でも最も貧しい地域に行く列車だそうです。まあ、それで何が変わるわけでもないのでしょうが、遠くに行く路線なので、中にはすごい荷物の人もいます。土産物というより家具を運んでるんじゃないかと思うくらいのケースもあるのですが、疲れた顔の夫婦がえっちらおっちら運び込んでるのをみると、なんかこう、ドラマだなあと他人事らしく思ってしまったりします。もちろん、後ろに並んでいる人たちはいつまでたっても荷物が運び終わらない彼らに怒り狂って叫んでいます。北伐や長征も出だしはこんな感じだったのでしょう。それにしてもすごいパワーです。事前に指定席を購入しておいたので座席の心配はしていませんでしたが、それでも乗車率の高さにビビりました。次から次へと大荷物を抱えて乗り込んでくる人また人。ようやく席に辿り着くと、もちろん先客がいて、切符を見せると代わってもらえます。でもときどき、チケットがあるのに先に座っていた人と口論している光景も見られます。どう考えても切符がある人の勝ちだと思うのですが、そこをあえて挑戦するのが交渉というものなのでしょう。中国の外交貿易の強さの元はこんなところにあるのかもしれません。見習いたいです。でも、なんでもありというわけでもないようで、さすがに三輪車を座席の上の棚に置いていた人は係員のおばさんに怒られていました。

座席を確保できたと安心するのもつかの間、次から次へと現れる乗客は向かい合った座席の間にまで入り込んで、座っているのにこれっぽちも安心感がありません。足下に吐き出されるヒマワリの種を見つめながら、車窓を流れるチャイナ・ユニコムのアンテナを数える他に抵抗する手段のない我々でしたが、周囲の人々はみんなリラックスして、特に向かいの席のアベックは性的な行為を除けば全てのいちゃつきは実践するぞといわんばかりの勢いでじゃれ合っており、中国共産党が誇る一人っ子政策の行方を心配せずにはいられません。杭州市内でもそうでしたが、中国ではカップルはとても仲が良さそうにいちゃつきますね。ところで、このカップルの女性、どちらかというと彼氏に絡んで責めにまわる側のお姉さんなのですが、気のせいかさっきからこちらをちらちらと見ているようなのです。旅行先では地元の人になりきるのをモットーとしている身としては、さては見破られたかと落胆しつつ、いくらここ杭州あたりが呉越同舟の起源になった土地だといっても、どこの国でもいちゃつく二人の片方に目をつけられるとロクなことがないと相場は決まっているので、いささか困ってしまいました。するとその時です、手に持っていたトートバッグが何かの拍子に足下に落ちそうになり、お姉さんの足とぼくの足に挟まってしまったではありませんか。恋の始まりか国際的な殴り合いの合図か、どっちに転んでもこれは事件です。慌てて拾い上げようとすると、お姉さんがさっと手を伸ばしてバッグを拾い、こちらに手渡しながら「だいじょうぶですか?」とちょっと照れながら、それでも上手な日本語で話しかけてきました。そうです。彼女は大学で日本語を学んでいたので、先ほどからわれわれの会話を聞いていて、日本語で話しかけてみようかなと考えていたのです。この旅行中、日本語で話しかけられたのは二回ほど、どちらもわれわれの話し声を聞いて話しかけてきたのですが、いずれもとても上手だったので驚きました。

さて、そんな電車の旅もやがて終わり、目的地に到着したわれわれは、といいたいところですが、そういえば目的地がどこにあるのか知らなかったので、車内で地図を見ながら教えてもらいました。あれ?キミは毎月何回かここに帰ってるんだって言ってたよね?これGoogleの地図だけど、縮尺が間違ってるのかな。100km、200km、ん?あの、これって東京と名古屋より離れてませんか?260kmくらいありますよ?

中国における大陸的距離感とわれわれのような狭小住宅暮らしの日本人のそれとの違いは、かくのごとく大きいのです。杭州の街を案内されても、山に昇っても、この問題については真剣な対応を何度も迫られることになりました。ちょっとそこまで、を迂闊に字義通りに解釈すると大変なことになります。いや、そうじゃなかったら北伐とか長征とか、われわれだったら絶対に始めませんよね。秦の始皇帝とか、もうわけわかんないですよ。

足の踏み場もない車内でしたが、これも字義通り解釈してはいけないので、驚くべきことにこんな状態でも車両から車両へと物売りがやって来るのには驚きました。なんかザーサイとかのパックやよくわからない食べ物を売っています。それから、駅に止まるとホームではカップ麺がたくさん販売されています。でもお湯はどうするんだろうと思ったら、蓋を開けたカップ麺を手に人々が車両の間に行ったり来たりしています。どうやらそこにお湯が出る仕組みがあるらしいのですが、こんな混雑ですから、特に帰り道の人が横を通る際の心地の悪いテンションは困ったものです。孫にせがまれるのか、タッパーに麺を入れて何度も往復する老婆がいて、よろよろ進むその姿の哀れさに、すっかり元気がなくなってしまいました。

やがて、しゃべってみるととても感じのいい人だった日本語を話すお姉さんたちも降り(「さようなら」も上手だった)、また車内は別の人たちでごった返すようになりました。とにかく空間を占める人的資源には事欠かないお国柄です。杭州を出たばかりの頃よりだいぶ雰囲気がレイドバックしてきたような、やや気楽な感じがしたのは、ただの慣れでしょうか。よく見るといろんな顔の人がいて、中国は結構な多民族国家なんだなあ、などと思いました。元同僚によれば、言葉もかなり違うのでほとんど通じないこともあるとかで、まあ日本だって東北弁と沖縄の方言では全く別の言葉になるわけですが、これだけ広いんだから文字や書き言葉が共通なだけでも奇跡でしょう。いずれにせよ、ぼくにはどれも中国語にしか聞こえないわけですが。通路を挟んで隣に座っている、ちょっと瓜実顔のほっそりした若い美しい女性が床にペッと痰を吐いて靴で拡げるのを、まるでうっかり使用中のトイレを開けてしまったかのような気分で目撃してしまい落ち込んだ頃には、快晴だった空模様がすっかり変わって、時折かなり大粒の雨が降り出していました。

次回予告:「ちょっと迎えに来て」「リトルスワローの店」「マオんち行こうぜ」

Posted by on 8月 12, 2011 in life

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