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不思議な仕事

ものを作って売る場合、たいていは市場の競争に晒される。

競争があると、よっぽど特殊なものを作っているのでなければ、同じものをより安く売る方が強い。

そのための戦略として、生産現場の効率化などのコスト削減、ブランド戦略などの付加価値の付与などがある。

普通、特に小規模な会社だと、ブランド戦略などという海のものとも山のものともつかない何かを追い求めるコストをかけるのはリスクが高すぎると思われるので、責任者を納得させる資料を作成するのも難しく、担当者は誰もが孤独と不安に引き裂かれ、結局どこの会社でも競争力を高めるためにはコスト削減を、ということになる。違うところもあるだろうけど、そういうところは知らないので省略。

コスト削減のための施策は山ほどあるのだが、現場で見ていて一番不思議な業務の効率化の施策は、「その仕事をアホでも出来るような体制にすること」だ。

どこかの会社に、ものすごく手先が器用で知識も豊富、それでいてミスが少なく、おまけに力持ちでデザインのセンスも最高な職人がいて、普通は一ヶ月かかる車の生産をたった十日間で済ませてしまう。その人が作る自動車が芸術的にも実用的にも最高な出来だとしよう。ついでに、作られた車は大ヒットして、彼の会社「ACME自動車」の売り上げも大幅に増えたとする。日数とか実現可能性とか、細かいことは気にしないで。

1年後、この「ACME自動車」は競合する別の会社に吸収合併されてしまった。天才的な社員個人の能力に業務の遂行の大部分を依存すると、その人が退職/死亡/ヘッドハンティングされた場合に非常に大きなダメージを受けてしまう。ある悲劇的な通勤のトラウマにより、天才クラフトマンが引退を余儀なくされてしまったのだ。

買収したのは、超低コストで安価な自動車を大量に生産する大企業「TOYOTA自動車」。勤めている人たちは、例の天才的クラフトマンのおよそ10分の1くらいの能力と生産性しか持ち合わせていない。だが、開発部門から降りて来る新しい自動車の生産については完全にマニュアル化されていて、計画的に調達された豊富な人的資源が、整備された研修制度で確実に戦力化となり、統制のとれた流れ作業がチェックポイント全てに至るまで全て管理マニュアルに記載され、運用と管理のどちらもあらゆる動作が業務フローとして徹底されている。

そして、全国民の半数が一斉に乗用車を買い替えるという業界最大規模の祝日である6/18(だって、ほら、暖かくなってくるし)を、クラフトマンを失った「ACME自動車」が努力の甲斐もなく乗り越えられなかったのに対し、「TOYOTA自動車」は統計により的確に予想された歩留り率を見越した計画的な生産管理と徹底したコスト削減により(ここら辺は適当)余裕で乗り切り、地球上で最も成功した自動車会社として22世紀の地殻大変動まで世界の経済と経済奴隷を牽引することになる。

クラフトマンシップと企業の総合力との勝負は、細かいところはさておき、必ずといっていいほど企業の総合力が勝利を収めるようになっている。この、持たざる者たちによるルサンチマンにみちみちた仕組みは、実はソフトウェア開発の世界でも同じように幅を利かせているものだ。新卒採用の増加はソフトウェア開発の現場でもみられるのだが、それは、この仕組みが出来上がるまで、多少なりとも能力のある人たちがせっせと自分たちの仕事をマニュアル化し、天才クラフトマンがいなくても一定の生産性を維持出来る仕組みを作ってくれていたおかげだ。

そして、そんなものを作れる(実は凄い)能力のある人たちには、仕事が終わると二つの道が残されている。一つは、まだ残された別の業務があるので、そっちをマニュアル化する。もう一つは、もうやることがないので、居ても居なくても代わりはいくらでもいる社員の一人になって、なんだかさみしくなる。もう一つは、ちゃっかり作業監督者の地位に収まる。三つあったか。でも、どのみち最後はいつも決まっている。自分の仕事が誰でも出来るようなものにするためのドキュメントや何やらをしこたま書いて、後はただ黙ってその地位から立ち去るまでの時間をやり過ごすことだ。

そして、面白いのは、先程ある悲しい理由で退職したスーパークラフトマンを100人集めただけの、超絶選りすぐり企業にだってこのやり方はちゃんと採用しないと、不幸な事故がなくても決してうまくいかなくなってしまうことだ。

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Posted by on 2月 7, 2007 in Work

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