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私は如何にして禁煙するのを止めてタバコを愛するようになったか

意味もなく事実と反対のタイトルにしました。

8月にタバコをやめました。たまに理由は?と聞かれますが、それは自転車を盗まれたことから始まります。年初に自宅に駐輪していた自転車を盗まれました。うちは玄関に人が近づくとライトが点灯する仕組みになっていて、自転車は玄関のドアの前にありました。上の子のところに友達が遊びに来ていて、送り出したときにはまだあったのですが、その20分後にタバコを吸いに外に出たところ、もう自転車はありませんでした。

そして、手にしたタバコを見つめ、いつものようにアスファルトに押し付けて火を消すと、最後の一本を吸い終えた私の中で何かが死に、同時に何かが生まれたような気がしたのでした。

とかいうことは全然なくて、普通に困ってひとしきり泣き言をほざいてから、盗難届を出してこの件は処理しました。しかし、これは人生の大きな転換点の前触れだったのです。

しばらく不便なまま生活していましたが、かみさんの実家に行ったとき、義父母に自転車を盗まれた話をしたら、義父が「じゃあこれをあげよう」と使っていなかった原チャリをくれました。古い型ですが、手入れがよかったのでちゃんと動きます。実は、長いこと生きてきて、これまでヤンキーっぽいからという理由で原チャリに乗ったことがほとんどありませんでした。たぶん、ほんのちょっとの距離を一回くらい、これも誤解の末に仕方なく乗っただけだったはずです。だいいち普通自動車運転免許だって30歳で取得したくらいですから、乗り物全般にほとんど興味がなく、二輪車なんてろくでもない嗜好品としか思えませんでした。でも、なんとなく話の流れで、これからはこの原チャリがぼくの通勤とかの足になってしまったのです。かみさんと近くのホームセンターに出かけてとりあえずヘルメットを買い、運転の仕方についてあれやこれやと教わりましたが、ここ埼玉から練馬の自宅まで、車でも小一時間かかります。でも原チャリを積むことも出来ず、ほぼ人生初の原チャリなのに、大通りを延々と走る羽目になってしまいました。

田舎道を原チャリで走るとたくさんの自殺願望の昆虫が目の中に次々と飛び込んできます。途中でゴーグルを買いました。大きな車に追い抜かれるときは死が具体的な姿で迫ってくる気がしました。アスファルトの路面がまるで1970年代のマンハッタンのように穴だらけなのを知りました。完全にビビりながらの走行でしたが、大通り沿いのコンビニで休憩していると、なんだか自分がいっぱしのライダーになったような気がしてきます。タバコをふかして、気分はまるでハーレーに乗るマルボロマンです。なんだか楽しいじゃないか。時速30キロ台でも、風を切って走っていることには変わりなく、片手をひねれば、もうどこにでも行けるんだという感覚は、魔法のような強さで人を引きつけます。

中年の危機は、男性にとっては、2つのかたちで現れるものなのだそうです。すなわち、若い女に走るか、バイクに乗りたがるか。

いつしか、通勤にもほぼ原チャリを使うようになりました。新宿、渋谷くらいなら原チャリで余裕ですが、五反田あたりまで行くと自分でも相当にいかれてると思います。山手通りの左端を原チャリでのろのろ走っていると、なんだかとても自由な感じがします。電車での通勤だと、ふと目に留まった場所で降りてみるなんてふざけたことが出来る余裕はないのですが、原チャリだったら真っすぐ帰るのも寄り道するのも気の向くまま、どのコースを通ってもいいわけです。たったこれだけのことが、ずいぶんと開放的な気分を演出してくれるとは知りませんでした。それに、原チャリって満タンまで給油しても400円くらいしかしないので、電車賃より安く済みます。交通費をもらえる立場にないので、それも好感触です。もちろん、読書ができるとか天気に左右されないといった電車ならではの特典はたくさんあるのですが、この気分だけは電車の運転手にだって味わえないものなのです。

そして、数ヶ月が経って、あることに気付きました。なんだよ、この俺様より気分良さそうに走る乗り物にのってる奴らがいるじゃねえか。そうです。原チャリは制限時速が30キロ、普段自動車に乗っているとあまりの遅さにすぐに追い抜くような邪魔くさい存在です。でも、渋滞のときは車の脇をすいすいすり抜けて小気味よく走る素敵な乗り物でもあります。しかし、この2つの特性を同時に昇華させて利点に変えたとんでもねえ奴らがいるではありませんか。そう、普通の、いわゆるバイクってやつです。むかつきました。あいつら制限時速も車と一緒だし、二段階右折を強要されることもなく、それでいて渋滞の車の間をすいすい走り抜けていやがる。

悔しくて眠れませんでした。寝ましたけど。それからは、まるで中学生のようにバイクに乗りたい、なんとかして乗りたい、免許買えないかなあ、とか、そんなことばかり考えるようになってしまいました。でも、ぼくが勝手に自営業になったばかりで、うちにそんな余裕はありません。ますます悔しさが募ります。このままでは手当たり次第にバイカーを襲う妖怪に化けてしまいそうです。「バイクがほしいんだけど」ある日、思い切ってかみさんに相談してみました。「お金どうすんのよ」「どうしようもない」確かに、どうしようもありません。ない袖でスイングできないのですが、スイングしなけりゃ意味はないのです。ああ。すると、かみさんがいいことを思いつきました。入る金に変化がないのであれば、使う分をどうにかすればいいのです。

以前、何かの予防接種に上の子を連れて行ったとき、診療所の部屋から部屋へとせわしなく動き回りながら、オリックスのなんとかというピッチャーと飲みに行ったとか、そういうとりとめの無い話を滔々としゃべっていた近所の内科医のオフィスで、チャンピックスを処方されたのが8月の終わり頃でした。考える間もなく始めたので、家にはまだ3カートンもタバコが残っています。

始めてみると、期待していたような禁断症状もなく、二週目から完全に禁煙し、3回目の診察で呼気一酸化炭素が普通の人と同じになりました。最後は薬(チャンピックス)を飲むのもさぼりがちになり、今は「吸うことは出来るし、仕方がなければ別に吸ってもいいけど、別に吸わなくてもいい」という気分のまま、全く吸わないで生活しています。でも、今さら禁煙席に座るのって恥ずかしくて、ときどき喫煙室に座ったまま一服もせずにいることがあるとか、ある程度の時間を過ごすのであればスターバックスは喫煙できないから入らないという習慣が抜けなかったりします。他人の喫煙は全く気になりません。いいにおいだなと思うくらいです。今さら受動喫煙で文句をいえるような立場でもないし、喫煙はいい気分になることだと知っているので反対もしません。むしろ喘息でもないのにタバコを吸ったことがないなんて、お受験エリートみたいな歪んだ子供時代を過ごしたんじゃないかと疑わしく思うくらいです。

さて、肝心のバイクですが、子供の頃にそういうのに全く憧れなかったので、どんなバイクがいいのかさっぱりわかりません。レースに出る人でもないのにゴテゴテくっつけてるのは嫌いだな、とか、その程度の判断しかできません。おまけに免許も取っていません。なので、結果的にはまだタバコをやめただけになっています。調べていて驚いたのが、大型免許って今はすぐに取得することが可能なんですね。といっても教習所でそういうのを受け付けているところは少ないですが。とにかく、まあ、その、こんなことを延々と書いているのはちょっとむしゃくしゃすることがあったからなので、そろそろやめますが、最後に、タバコやめると太るよ。これほんと。

Posted by on 12月 9, 2011 in Family, life

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