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ランチ(ジョエル・スポルスキー)

まあどれも面白いわけだけれど、和訳がないジョエル・スポルスキーのエッセイがすごーく面白かったので訳した。いや、この文自体が面白いんじゃなくて、そういえばいろんなところで働いたけど、一緒にランチするところとそうでないところじゃ、ずいぶんと違ったし、そこで出てくる会話の内容こそが、仕事の面白さのいい指標になったよな、と思い出したので。みなさん、どんなランチを過ごしてますか?

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ランチ

いつもランチのときはどうしてる?どこで食べる?誰と?

毎日ランチを一緒に食べるチームと過ごしたことがあるけど、素晴らしいものだった。そうしないチームと過ごしたこともあるけど、毎日のランチの時間はひどく寂しいものだった。

大きなハイテク起業にはたいていカフェテリアがあって、無料(Google)だったり有料(マイクロソフト)だったりする。こういう会社にだって毎日食事を一緒にしようと努めているチームもあるけど、ほとんどのチームはそんなことはしない。ランチタイムにこの手の場所をうろついてみると、「ランチミーティング」をスケジュールに入れていた2人組をたくさん見かけることになるわけだけど、同時にひとりぼっちで食事している寂しい人たちも悲しいくらい大勢見る羽目になる。きっとその手の人たちは食べながら本を読んだりメールをチェックしたりしているから悲しんでいるようには見えないだろう。自分の机にランチを持って行って食べるからカフェテリアに独りで座ることもないかもしれない。きっと本当に人が嫌いで独りで食事する方が幸せなのかもしれない。あるいは、口でそう言っているだけなのかもしれない。

GoogleやMicrosoftでは、カフェテリアはとても混雑するので、ボッチの人は他のグループと一緒に座らなければいけない。というのも、テーブルを自分だけで専有するだけの余裕がないからだ。ときどき、一緒に座ったグループの人たちがボッチを会話に引き込もうとすることがある。でも大抵の場合、ボッチは社交的コンタクトの必要性を回避するためにスマートフォンでFarmbookをプレイするのに完全に没頭しているふりをするよう強いられている。すいません、自己紹介したいのはやまやまですが、キャベツのアップデートが忙しくて。

ランチをどこで誰と食べるのかはみんなが考えているよりもずっと大きな問題だ。心理学者の意見は決まっている。子供の頃を思い返せば、特に学校時代、それも中学生の頃は、どこで誰と食べるのかは記念碑的重要事項だったのはいうまでもない。どんな集団に入っても、たとえそれがヲタ連中であっても、ひとりぼっちで食事するよりずっとましだ。ボッチとギークにとって、学校のカフェテリアで一緒に食事する相手を探すのは多大なストレスの原因となり得るのだ。

私にいわせれば、仕事の同僚と一緒に食事をすることの重要性には議論の余地はない。運まかせにするには重要すぎることだ。だから私たちは、小さい丸テーブルたくさんではなく、長いテーブルで一緒に食事することにしている。そのため、新しくこの会社で働くことになった人が隅っこで独りで座るなんてことはあり得ない。お客さんが居れば、みんなで一緒に食事する。

Stack ExchangeとFog Creekは完全に分離した会社組織だけれど、それぞれのオフィスが同じビルにある利点を活かして毎日一緒に食事している。多くの人たちが仲間になって毎日同じ面子で固まっているが、それでもこれが実現できてとてもよかったと思っている。

Fog CreekにもStack Exchangeにも行き当たりばったりなことはたくさんあるけれど、ランチは違う。10年前、マイケルと私は最高の仕事場を作るというかなり野心的な目標を立てた。一緒に食事するというのは人間であること、人間らしい職場を持つことにとって重要な意味があり、初日からそれは私たちの持っている価値の一部であったわけだ。

Posted by on 12月 27, 2011 in Work

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