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集合知と衆愚とKindle

Amazonのひどいレビューなら、それを集めてシリーズ本にするくらいならさほど苦労も要らないほどにたくさんあるのだけれど、あれが集合知であるかというと、おそらくそうではない。もちろん言葉の意味なんて使い方次第だから、そうであっても構いはしないのだけれど、ここは集合知の格好の入門書「みんなの意見は案外正しい」の受け売りで、そうではないということにしてしまいたい。というのも、「集団的知性」のような用語と同じようなものとして扱う場合、まさしくAmazonのレビューの状況だって集合知になってしまうので、この文章にとっては都合が悪いからだ。それに石原慎太郎もナチも群衆の英知の結果だと思い知らされるのはなんとも辛いではないか。

みんなの意見は案外正しい」の中で、著者のジェームズ・スロウィッキーはこの集合知を元ネタ本「狂気とバブル」のテーマ「集団的狂気」と対比される概念として定義しているようだ。いろいろな逸話をかき集めると、人間は集団になるととんでもない英知を発揮することもあれば、狂気としか思えないような愚行を盛大に繰り広げることもある。では一体何が人間の集団から英知を引き出し、逆に何が愚行に踏み切らせてしまうのか。

これは別に新しい問題というわけではない。むしろ古来からいろいろな賢い人たちが頭を悩ませてきたことだ。世の腐敗を前に、ある者は少数による指導体制を理想とし、また別の者は真の平等こそが英知を引き出すと夢想する。知的傲慢さや無知ゆえに「少数のエリートが愚かな民衆を指導する体制」に魅了されて道を踏み外したエリートなんて、あちこちで聞いたのでもはや代表的な例さえ思いつかないくらいありふれた話ではないか。

みんな大好きWikipediaにも、この「何が集合知と衆愚を分けるのか」という点についての簡潔な要約がある。Amazonのレビューをこの条件に当てはめてみると:

意見の多様性

これはどうだろう。レビューを書くのは少なくともある程度は読み書き出来る人に限られるし、Amazonにアカウントを作ったりフォームに文字を入力して登録するなど一定以上のIT関連のリテラシーが求められるが、それでも意見の多様性は十分に担保出来るかもしれない。しかし、だいたいレビューなんぞ書くような御仁であるからして、他人に教えを垂れようとふんぞり返った威張りん坊やお節介さん、文句を叫び散らしたくて溜まらない欲求不満型の人、ものすごく感動したので思わずその感動を世界中と共有したくなった感激屋さんばっかりである可能性もある。その一方で、資格や厳しい選抜を通ってきた人にしか出来ないことでは決してないので、能力のバラつきという点では多様ではある。この点は保留したい。

独立性

一方、こちらについてはうまく条件をみたすことが出来ないことがはっきりしている。既に評価している人がいるかもしれず、先に投稿された内容に影響されてしまうかもしれない。既に評価の高い他のレビューに意見を寄せてしまったり、思い切って逆張りして大勢の反感を買うことで注目を集めようとするかもしれない。大手小町やその他の相談サイトが集合知とならないのは、このような他人の意見のバイアスがかかってしまうことで個々の意見の独立性が損なわれてしまうことが大きい。

分散化

まあ、これは問題ないだろう。自宅で、職場で、ファミレスの片隅で、みんなそれぞれレビューを書いている。

集約

フリースタイルのレビューなので、そこから集合知的な総意となるような意見に集約することは難しい。かろうじて星の数を平均したり、ピアソン係数やら何やらでも使って調整するのが関の山だろう。例えば「札幌市で初雪が観測される日」や「東京の梅雨明け」といった明確な「正解」がある問いに対する答えを集約するのはそれほど難しくはないが、レビューというのはどれが正解というものがあるわけではないので、もう少し漠然としたものになるのは致し方ない。内容の傾向の分析手法はいろいろあるだろうから全く不可能ではないのだけれど、これといった手法が確立しているわけではない。

という具合に、4つしか無いチェック項目の内の1つしかちゃんとクリアしていないのだから、あんまりうまくいきそうもない。また、Wikipediaには記載がなかったが、この他にも集合知となるためには、参加者は正しい答えを出すことについて適切に動機づけされている必要がある。この点についても考慮すると、まず正しいレビューとは何かが不明瞭である上に、レビューする動機もそれと必ずしも関係があるわけではないのだから、Amazonのレビューを集合知と呼ぶのは問題があると断言しても構わないだろう。まるで古の哲学者のいうように、問いがちゃんとしてないから答える方はやってらんない、というわけだ。

ただ、Amazonのレビューよりも面白いことを測定できる装置が当のAmazonから出ているのは興味深い。Kindleは複数のデバイスやアプリの間でどこまで読んだのかを共有して読書をしやすくしてくれる機能があるので、このデータはすなわち人がどこら辺で読書を中断しているのかがわかる。またマーカーを引いたり読み返した箇所、読書のスピードが変化した箇所など記録しておけば、このような行動の蓄積こそが、まさに集合知的なレビューとなり得るのではないだろうか。ウェブやアプリの開発現場ではおなじみのユーザーの行動分析というやつだが、未来の作家や出版社はこの手のデータを元に作品の評価を分析することになるはずだ。Amazonで扱っている音楽だってそうなるのかもしれない。その結果、これらのメディアがどのようなものに姿を変えていくのかはわからないが、少なくともAmazonのレビュー欄よりは興味深いことになるだろう。

Posted by on 10月 26, 2013 in Books

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