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キプリングの息子の墓に入っているのは別人?

『ジャングル・ブック』のキプリングが持っていた白人優位の人種差別的思想は、キプリングにも影響を受けた手塚治虫の漫画にも確実に受け継がれている負の遺産だ。愚かな土人を導く聡明な主人公、という今となってはありがちな構図の他に、両者の作品を通じる点として面白いのは、優性な人種が必ずしも一方的に常に正しいわけでもなく、そのために象牙を盗んだり人を騙したりする白人を見て心情的に引き裂かれる主人公という人間関係で、そんなところにはからずとも人種差別的思想には非常に脆い科学的根拠しかないという事実が露呈してしまっている。

と、半可通でまじめな話は置いておいて、本題は別にあるのだが、ガーディアンの記事によると、そのキプリングの息子の墓とされている場所に収められた遺体が、実は他人のものなのだという。キプリングは第一次世界大戦で長男ジョンを失っている(そういえばコナン・ドイルも息子が戦死している)のだが、これまでジョンのものとされていた墓には、もう二日前に戦死していた別の兵士の遺体が埋葬されていることが歴史家の研究で判明したらしい。

当時、キプリングは極度の近視で軍務に適していなかった息子のために影響力を行使して、なんとか息子の任務を安全なものにしようとしたそうだ(ちなみに手塚治虫は近視のため海軍飛行予科練習生に不合格になっている)。その結果、ジョンは18歳の誕生日にフランスに赴任することになったのだが、最初の作戦任務から6週間後に負傷、行方不明となった。1915年9月27日のことだ。それからキプリング夫妻は長い年月をかけて息子を探し続けたが、1919年、息子ジョンの死を受け入れて、以降は大戦の全ての死者を追悼する事業に傾力するようになった。

で、今から15年前に、ある無名兵士の墓がジョン・キプリングのものであると認定されたのだが、歴史家により今になって別人のものであると認定されることになった、とのこと。

Posted by on 11月 4, 2007 in Books, News

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