T

妙な人物を思い出した

UPDATE:よく似た名前の別人だと判明したので修正。

Kという人物に出会ったのは、19歳の頃。右も左もわからないまま、行き当たりばったりに出会った人たちとライブハウスで演奏したりしていた頃のことだ。最初に会ったのは、確か4月だったと思うが、友人の通称いぬおじさんとちんげの3人で道端でビールを飲んでいたら、彼らが京都に旅行に出かけることになっていたので、ほいほいと付いていったら、待ち合わせ場所に現れたのがKとその彼女のタロウだった。Kはメタルっぽい風貌の男で、ちょっと神経質そうなところもあるが比較的常識人という印象だった。太郎は背中に失敗作みたいな変な刺青のある丸顔の女で、本質的には気さくな感じのどっしりした感じの、なんというか染めもの好きの農家の嫁みたいな人物だった。

道中、とくにどうということも起きなかったが、青春18きっぷを当てにしていたのが時期が外れていたので、とりあえず後先のことは考えず最低金額の切符を買い、とにかく東海道本線の各駅停車に乗り込み、あとは検札が来たら降りて逃げるのを繰り返して、終電までにやっと名古屋の手前あたりまで辿り着いた。プラットフォームから降りて線路を渡って柵を越え、駅前に出たが朝まで過ごせそうな居酒屋も見当たらない。近くに街道があるらしくラブホテルのネオンが見えたのでそこに泊まることにした。いぬおじさんとちんげ、私の3人で一部屋、タロウとKで一部屋に分かれて泊まったが、途中窓を叩く音がして開けてみるとあちこちの部屋の窓を叩いてまわっていたらしいタロウがひょっこり顔を出したり、適当な部屋にいたずら電話をしたり、適当な知り合いに電話したら偶然にもここが相手の出身地だったことがわかったり、なんというか遅ればせながらの修学旅行みたいだった。

翌日、そういえばバイトがあったことを思い出したので京都に向かう一行と別れて私は一人でまた各駅停車で帰った。途中、親切な人たちに降りる駅で最低金額の切符を買ってもらったりして、捕まってもたいした額にならないようにしながら無賃乗車していたが、結局何事もなく帰宅した。

その後、私はいぬおじさんのグループに入り込み、Kやタロウのバンドと何度か同じライブハウスで演奏したが、正直なところ少なくとも私には彼らの音楽のどこがいいのか全く理解できなかった。時折聞こえてくるKの歌「死ぬ以上の苦しみ~」みたいなのも、妙な衒いの他に感じることもなく、なにいってやがんだ、くらいの印象しかなかった。まあ、他にもいろいろと理由はあるのだが、私が個人的に最も気に食わなかったのは、Kが自分のステージネームを名乗っていることだった。ステージにて化粧する人間とステージネームがあってしかもそれが冗談になっていない人間は理解できない。いずれにせよ、事情は個々人でいろいろ違うのだろうが、われわれは時折、Kのバンドと同じステージで彼らを愚弄するようになった。

当時、われわれと非常に折り合いの悪いライブハウス(代々木チョコレートシティー)があり、ひょっとしたら何かの行き違いかもしれないが、リハーサルやちょっとした打ち合わせにもいちいち邪魔が入るようなことがあり、またステージ上のモニタがただの箱くらいの働きしかしていないのも気に食わず、とにかく不満たらたらだったのだが、そのときにもKのバンドにいたずらを実行した。上半身裸でステージに登場した私の胸には「イヤサカさん」と書かれた大きな名札が貼られ、壊れたアコーディオンを手にでたらめに演奏しながら「死ぬ以上の苦しみ~」と歌い、「これから●●(Kの本名)のマネをします。脱がなきゃダメよ~」と言い放つと、さっき誰かに教わった昔のお笑い芸人の持ちネタらしい変な踊りを繰り返した。

今思い出したのだが、われわれといっても、当時はまだメンバーとして加入して楽器を演奏していたわけではなかったので(確かこの次のライブから演奏していた)、私は演目とも何の関係もない、ただのわけのわからない人物だったのかもしれない。まあ、いい。人生とは時にはそんなもんだ。

さらに悪質なことに、われわれは自分たちの演奏が終わると、どこかのスタジオからレンタルしてKのバンドと共用していたシンバルをドラムセットから引っこ抜いて、次に登場するKたちの演奏が始まる前に返却しに出かけてそのまま帰らなかった。あんなひどい店にはシンバルなんて必要ない、そんなにじゃんじゃん音が鳴っててほしいなら針で鼓膜でも突っついてりゃいい、というのがわれわれの言い分だった。

Kと最後に会ったのは、それから数週間後、楽器を質屋に預けた金で飲んでいた高円寺の居酒屋でのことだ。ドラマとギターを除くメンバー二人で適当に昼間から酒を飲んでいたわれわれのところに、血相を変えたKがやって来たのだ。上機嫌なわれわれが聞くところによれば、事情は次の通りらしい。

(1)Kは非常に怒っている。まあ無理もあるまい。
(2)タロウも非常に怒っている。まあ上に同じ。
(3)Kは高く評価していたいぬおじさんが私のせいで堕落したと思っている。
(4)逃げたり抵抗したらドラマーをやってやる。
(5)われわれの居場所をゲロしたのはギター。

なるほど。いかにも常識人のKらしいもっともな理屈である。当時日本で最も有名な広告代理店の一つに勤めていたドラマーに何かあったらかわいそうだということもあり、じゃあいいよと私はKと共に店の外に出て、しばらくボカボカと殴られて、じゃあ、と別れて元の席に戻った。店の人がビニール袋に氷を入れて用意してくれていたので、ありがたく使わせてもらいながらしばらく飲み、それからおもむろにギターを電話で呼び出した。

やがてギターのやつがやって来たので一緒に飲みながら事情を聞いた。彼はKとは長い付き合いがあるらしい。まあ、くどくどと言い訳を聞きながら、われわれは平静を保ち酒を飲んだ。やがて、ギターがトイレに中座すると、いぬおじさんは懐から一枚の千円札を取り出し、その真ん中に店の鉛筆で「じゃあな」と書き入れ、テーブルの目立つところに置いた。われわれはそのまま店を出た。

この話には素敵な後日談がある。数年後、二人揃ってこの居酒屋に足を運んだわれわれの席に注文を取りにやってきた店員さんが、偶然にも氷を用意してくれた人で、われわれのことも覚えていた。ほら、覚えてますよ、あれからずっと取っておいたんですよ、と彼女が財布から取り出した千円札には、懐かしの「じゃあな」の文字が残っていた。

さて、Kがまだそのステージネームを名乗っていることを知ったわけだが、いつになっても嫌なものである。

Posted by on 10月 28, 2008 in life

コメントを残す