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フリーランス7年目

2010年の9月からフリーランスになったので、今月で満6年が過ぎ、7年目が始まりました。日頃お世話になっている皆様方に感謝いたします。ありがとうございました。そしてこれからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、6年目は後半に初歩的な失敗があったので、反省の年になりました。年度の後半となる春先はとにかく仕事の読み違えが続き、久しぶりに大きな痛手を被りました。一番ダメージが大きかったのは、期日が決まっているので大急ぎでということでお話をいただいていた案件が、スケジュールを確保した後に結局お流れになってしまったのにうまく対処できなかったことでした。

スケジュールを確保する、と簡単に言いますが、同時期にせっかく頂いた別の案件を無理やりに他に依頼したり、お願いして延期していただくような対応を含んでいるので、予定が変わっても急に「やっぱりやめました、前の通りでお願いします!」とこちらの一方的な都合でロールバックするわけにもいかず、下手をするとその後数ヶ月は本当に文字どおり全く仕事ができなくなってしまいます。それに、仕事というのはタイミングをずらすだけでドミノ式に次々とトラブルが降ってくることもあるので、後々まで引きずることがよくあるのです。とはいえ、発注がなければスケジュールを確保しない、といったルールを徹底するのもそれはそれで難しく、この辺りの機微を久しぶりに勉強させてもらいました。

個人事業主でフリーランスをやっていると、月給制のサラリーマンと違ってこんな時に収入が途切れて困ったことになるので、日頃から二、三ヶ月くらいはなんとかなるよう準備しておくことが大切ですが、なかなか簡単なことではありません。

ただ、確かに失敗してばかりでは仕方がないので対策しなければいけないのですが、こういったケースに対応する便利な手段というのは、リスクの高くなる要素を含む案件はお断りするといった大胆な策以外には、根本的なところでは多分そんなにはないんじゃないかと思います。もちろん案件を減らしてもそれはそれで逆にリスクが高まるので、今後どうするかを考えて、そもそも中長期の受託案件に依存する度合いを減らすべきだという結論に至りました。幸いにも最近ではスタートアップの技術サポートやインフラ構築と保守といったお仕事も増えてきているので、そちらの割合を増やして、一人でやっている以上は決してスケールしない開発やコンサル、教育関連の事業の宿命をリスクを分散することでごまかしつつ、多少損をしても知らんぷりできるよう備えながら、今後確実に訪れる体力気力の衰えに対応していくことになります。

そうそう、仕事に関しては、相変わらずリモートワークを続けています。家族と三食ともに過ごして子育てにコミットしながら自室で作業しているのですが、子供達もだいぶ大きくなってあちこち駆け回ったりビデオ会議に顔を出そうとイタズラすることも増えてきた上に、仕事部屋もだんだん手狭になってきたので、そろそろなんとかしなきゃいけないなと考えています。コワーキングだと他の人もいらっしゃるので、音で集中力が途切れがちな性格なためあんまり向いていないんですよね。ちょうどスポーツサイクルにも慣れてきたので、最近では駅から離れていてもいいから近所に静かで手頃な仕事部屋でも借りようかな、と不動産サイトを見て回っています。築年数とか周辺施設はどうでもいいので、家庭用でいいから専用に回線を引き込めて、できればルーフバルコニーがあって疲れたら遠くを眺めることができるというのが理想です。

でも、こういうのって周囲に参考になるモデルがほとんどいないので、よくわからないんですよね。書斎とか制作部屋を持つというライフスタイルはソフトウェア開発者というよりは職業作家とか漫画家に近いのかもしれませんが、それにしても身近な参考例が少ないことには変わりありません。家庭を持って一軒家に住みながらフリーランスで仕事をするという、いろいろな生活の形のいいとこ取りみたいな強欲な人生を送るのはなかなか難しいです。

フリーランス生活2周年記念

2010年9月からフリーランスになったので、今月でちょうど2周年になりました。今日まで無事やってこれたのも、皆様からの暖かいご支援あってのことです。どうもありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

3年目を迎えるにあたり、これまでのソフトウェア開発一辺倒から少し距離を置いて、新しいことを始めました。まず、いつも何かとお世話になっているフォーワンファースト様の方で「Titaniumで始めるスマートフォンアプリ開発講座」を開講して頂き、不定期にセミナーを実施するようになりました。それから、この9月からはバンタンドットライブアカデミーでスマートフォン向けアプリ開発者を目指す方々のためにTitanium Mobileを使ったアプリ制作の講義を毎週担当することになりました。詳しいことは発表されてからお伝えしますが、今からとても楽しみにしています。

ご存知の方もいると思いますが、Titanium Mobileを使うようになってから、受託案件であれこれと苦労したことを共有したくて、コミュニティのサポートサイトなどでこれまで積極的に回答など書き込んできました。まさかその延長で仕事をしようなどとは考えたこともなかったのですが、ああいった活動は、きれいごとを抜きにしても、意外なほど他人のためというよりむしろ自分のためになります。最初は単なる親切心と苦労話の共有がしたかっただけなのですが、やってみるとその意義には思った以上のものがあるようなのです。仕事としては正直なところ全然ペイしないというか、たとえ3時間程度のセミナーでも準備を含めれば相当な時間も使う上に体力も必要なので、その間に案件でもこなしていた方がよっぽど儲かります。でも、モジュールやコードサンプルを作って公開したり、ドキュメントを翻訳したりするのも全く同じだと思うのですが、まず初心者を手助けすることでユーザ数が増えれば、その分だけプラットフォームの世間的な認知度が上がるので、先行者受益があります(セミナーの依頼が来たりとか)。それから、実際に案件などで経験できることは限られている一方で、あるプラットフォームについての知見は関連するコードを書いた量と踏んだ地雷に数に伴って増えていくので、質問に答えるためにコードを書いたり内部の実装を調査していくことによりさらにいろいろなことに詳しくなり、自分の案件で同じ問題に躓かなくなるのでかなりお得です。もちろん、感謝されると自尊心がみたされるので、特に自己評価が低くなりがちな人にはおすすめです。

また、セミナーにご来場の皆さんがとても真剣にアプリ制作について学ぼうとされている姿はとても刺激になります。そこで質問されてきちんと回答できなかったことがあったりするとひどく恐縮してしまいます。見知らぬ人たちの考え方やニーズを聞くのは面白いことなので、ソフトウェア開発の経験をだいぶ積んできたと思っている方はぜひやってみるといいと思います。

そんなわけで、高層マンションでシャルドネ片手に偉そうなメルマガを美人秘書に口述筆記させて暮らすような段階には至っておりませんが、自転車操業ながらここまでやってこられたのも皆様のおかげであるとあらためて感謝しつつ、3年目も何卒よろしくお願いいたします。サポートサイトやQAサイト、Twitterでの質問への回答といった活動もこれまで通り続けていきます。

真に受けないこと

「フリーランス向け嫌な仕事の断り方・交渉の仕方」という秀逸なエントリを読んだ。あと二ヶ月でフリーランス生活も満二年を迎えるが、身につまされる話だった。

内容に異議はないが、実体験から付け加えるとしたら、担当者の意図せざる噓に引っ掻き回されないことが大事だ。フリーランス生活の最初の頃にはこの手のことでおおいに悩んだものだが、考え方を変えてからは気楽に対処できるようになった。それにこのところずっと変な目に遭うことはなくなってきているので、大変ありがたい。

例えば、発注元の体制が変更になったりして、いわゆる「上からの意向で」突然契約が変更になったりすることはよくある。ウェブやアプリはいつも儲かるとは限らないし、利益が出なければ発注元としては基礎的な開発が済んでディレクションなどの実績も手に入ったのだから、あとは開発先を単価の安いところに切り替える方が得だというのは経営的な視点から必ずしも間違いとはいえない(ソフトウェア開発としては間違いだと思うが)。ただそれだけのことだ。

そして、そんなとき、ビジネスなので窓口になって板挟みになった担当者が気の優しい人なら、新しい契約関係の書類を差し出しつつ「いや、この変更で急に八木さんに仕事を回さなくなるとかそういうことはないんで」なんて言ってくれたりする。ありがたいことだ。しかし、その言葉には噓はないが、実際にはいくらその人が善良なること白い布のごとき御仁であっても、上の方針に逆らってまで何かすることなどできないのが勤め人の定めなので、結果的には何も出来ないしその言葉は噓になる。これが一番困るし恐ろしいケースだ。

噓をつかれるのは、それだけなら信義の問題であり、まあうれしくはないが別にそんなにダメージはない。逆に信義を通して「あんな会社辞めてやりましたよ!」とかいわれてもこちらとしても責任はもてない。しかし、フリーランスはサラリーマンではないので長期的な契約が解除されたりすると次の仕事をちゃんと確保しないといけなくなるので、下手に「お優しい担当者」を信用して案件を待っていたりすると、これは致命傷になるのは間違いないのだ。実は22歳くらいの頃、当時の仕事はソフトウェア開発ではないのだが、その手のことに巻き込まれてうっかり担当者を信じたお陰で酷い目に遭った。

そこで学んだ教訓は、交渉では相手の話すことを真に受けてはいけないよ、という単純な事実だ。人間は基本的にお優しい生き物なので、面と向かった相手には耳に心地いいことを話したがる。たぶん、そうでないと自分の耳が嫌がるからだ。だけど、相手が目の前にいなければ、世界中の飢えた子供たちを見殺しにして食事を残したり、不公正な裁判を平気で無視して是認したり、石原慎太郎に投票したるする。特別な悪人じゃなくたって、あなただってそうだろうし、ぼくだって部分的にはそうだ。それが人間の生き方というものだ。猫を飼うことやバスに乗ることに反対しても賛同者はなかなか得られないように、付き合う相手を厳正に善人ばかりから選ぼうとしてもなかなか生きてはいかれないのがこの世の定め。そこら辺はなるべくいい加減に考えた方がいい。ただしおのれの身を守ることはお忘れなく。

男子バレーボールが強くならない理由

昔、自分がバレーボールをやっていたことを話すと、しょっちゅう「なぜ男子バレーボールは弱いのか」と聞かれるので、いつも答えていることを書いておく。ちなみに、筆者が高校生の頃に関東地区の強化指定選手に選抜されたときに指導されていた方が、今の全日本の男子チームの編成を担当していたりする。当時は「高校生は個性を持つには早すぎる」などユニークなご意見をお持ちの人だったので、いろいろ面白い話も聞いているが、ここでは関係ないので触れないでおく。

男子バレーボールが世界的にお世辞にも強いチームとはいえない状態が20年くらい続いているのはご存知の通り。オリンピックでは1992年の6位を最後に上位入賞どころか予選敗退が半分以上になっている。日本に極端に有利な条件で実施されるワールドカップですら、出場が12カ国となった92年以降の成績だけみても95年の5位を最高に後は9位か10位だ。ちなみにワールドカップというのは、4年に一度、常に日本で開催される大会で、オリンピックと世界選手権と合わせて一応「世界三大大会」のひとつなのだが、ジャニーズとフジテレビが派手なキャンペーンを繰り広げ、耳をつんざくような黄色い声でひたすら日本を応援するジャニーズのファンが押し掛ける異空間だ。日本チームの出場は必ずテレビの放映時間に合わせて日程が組まれるのでコンディショニングでも非常に有利になっている。さすがに試合前のジャニーズのショーは国際バレーボール連盟の要請で中止になったらしいが。

かつて、といっても1970年代だが、日本はオリンピックで金メダルを獲得したこともあり、何度も上位入賞を果たした強豪国だった。当時の監督で先頃亡くなった松平康隆のPRマンとしての手腕もあり、80年代までは人気の上では絶頂期だったといえる。だが、その頃から徐々に坂を転げ落ちるように国際大会での成績も下降して、人気も凋落していった。近頃は小学校でのバレーボール人気が復活しつつあるそうだが、それもこの年代にファンだったりプレーしていた人たちが親になって自分たちの子供に教えているからだそうだ。

さて、ではなぜ日本代表が弱くなってしまったのか。その理由として最も多く挙げられるのが、身長の問題である。リベロ制度やサービスエリアの撤廃、ラリーポイント制で、とにかく背が高く攻撃力のあるチームが有利になったために日本が活躍できない、というわけだ。実際、身長を比較してみると、確かに世界ランク1位の常連国ブラジルが平均身長197.8cm、中央値197.5cmのチームであるのに対して日本代表の平均身長は7cm程度低い190.6cmとなっている。両チームからリベロを抜いたり、中央値をみてもさほど変わらないので傑出して足を引っ張っている選手もいないようだ。伝統的に身長の高い選手が多いロシア(ロシアではブロックは「壁」ではなく「屋根」という、と昔教えられていましたが本当でしょうか?)もおそらく同じような結果になるだろう。確かに、これもひとつの理由はありそうだ。

だが、それで疑問は全て解決するわけではない。なぜ、背が低いのだろうか。平成20年度の日本人男性の平均身長は25歳から29歳で172.11cm、標準偏差が5.59となっている。サンプル数もそれなりに多い(380万人くらいらしい)ので信頼できる数字だと仮定すると、統計的にはおよそ全体の70%くらいの人たちが166.52cmから177.7cmの範囲内に収まっていることになる。また95%が160.93cmから183.29cmの範囲内にいることも予想される。つまり、チームに入れそうな年齢の男性の5%しかこの範囲から外れる人はおらず、その中でも半数以上(おそらくhydeとか)は下の方にはみ出しているので、下手をすると2%や1%の人材から選手を調達しない限りは高さで世界各国と対抗することは出来ない。

というとなんだか絶望的に聞こえるかもしれないが、日本の人口はとても多いので、25歳から29歳までの男性は380万人もいるのだから、この2%なら実は7万数千人も候補者がいることになる。世界ランク5位のセルビアの総人口は1,000万人に満たず、成人男性の平均身長は178cmだ。200cmの人口は日本より少ないと予想される。つまり、日本は単純に背の高い人材を確保できていないか、育成できていないだけなのではないか。

では、それはコーチングの問題なのだろうか。そう単純な話であれば、外国の指導者を連れてくるだけで事態は改善されるだろう。しかし、状況をみるにそうではないように見える。なぜなら、バレーボールの周辺環境は非常に厳しいものだからだ。

ここからが結論になるのだが、なぜ男子バレーボールが弱いのか(そして、なぜ女子はまあまあなのか)は、手っ取り早くいえば男性の平均年収と女性の平均年収の違いが原因だ。バレーボールは一日6時間以上練習することが出来るので実業団の選手は午前中だけ勤務して練習するか、朝から練習している。このような生活を30歳くらいまで続けるとどうなるか。同じ企業チームでもラグビーではそんなことをしたらみんな死んでしまうので、基本的には定時で上がってから練習をする。曲がりなりにも定時までは仕事をしているので、ラグビーの選手なら引退後もなんとかなるかもしれない。実際、早めに引退して仕事の方で本格的なキャリアを積むケースが多い。でも、バレーボールの他には何もせず、ほとんど業務経験もないまま過ごしてきた30歳に出来る仕事なんかあるだろうか。指導者として残る人などごくわずかであり、大半はとりあえず物流など力仕事中心の部署で自分よりずっと年下の人たちに混じって再スタートすることになるか、そのような環境にも居づらくて退職して連絡がつかなくなる。ましてや、プロ契約など結んでしまっては引退後の身分保証はほとんどない。給与をもらっている男性の平均年収は533万円くらいだが、このレベルになるためにはいつまでも選手を続けていては無理なのだ。男子バレーボールに人材が集まらない理由は、食えないからである。

一方、同じく女性の平均はそれよりずっと低く271万円なので、正社員であれば定時上がりの仕事であってもこのレベルに到達するのはさほど難しくはない。そのため、選手を続けてそのまま会社に残ったとしても、一部の専門職を除けばとりわけ同世代と比較しても待遇が悪いこともない。ましてやこの不景気に実業団に属してプレーすることができればかなりいい身分であるともいえる。

以上が男子バレーボールが強くならない理由だ。細かいところを見れば他にもいろいろあるだろうが、ここが根本的に対策されない限りは、このスポーツに未来はない。

2011年を振り返り、2012年の目標をたてる

2011年の収支を計算してみましたが、会社に勤めている頃よりはずっとマシだとはいえ、当初思っていたほど稼げたわけでもないですね。ナイスな未回収金を発生させてしまったこともあり、終盤になって年収が大幅に減ってしまったのが痛いです。うちは働き手がぼくだけしかいないので、こういうことが続くと一家で路頭に迷うことになりかねません。さすがに落ち込みましたが、以前お世話になった方々に相談していろいろとお力添え頂きましたので、なんとか春先には挽回したいものです。基本契約書は大事ですね。

来年からどうやっていこうか、考えてみました。別に好きでひとりでやってるわけではないので、どうしてもフリーランスを続けたいわけではありませんが、ここまでボッチだと我が人徳の無さはもはや人類史に足跡を残すほどであると考えるのが妥当だと思います。かの偉大なるポール・グレアムもこんなことを書いています

創業者が1人であるのは何が問題なのだろう? まず何より、それが不信任投票だということがある。それはおそらく、その創業者が一緒に会社を始めてくれる友達を誰も見つけられなかったということを意味する。これはすごく憂慮すべきことであり、彼の友達は彼のことを一番よく知っている人たちだからだ。

実に身につまされる話です。これだけハッキリと不信任決議を突きつけられているのですから、いい加減に目を覚まして、どこかしっかりしたところで落ち着いて勤め人をやるのが筋というものです。そんなわけで、2012年は勤め先を探す年にすることにしよう。それまでには、いくつか考えていたプログラムを作って発表しておきたいので、頑張ります。

ランチ(ジョエル・スポルスキー)

まあどれも面白いわけだけれど、和訳がないジョエル・スポルスキーのエッセイがすごーく面白かったので訳した。いや、この文自体が面白いんじゃなくて、そういえばいろんなところで働いたけど、一緒にランチするところとそうでないところじゃ、ずいぶんと違ったし、そこで出てくる会話の内容こそが、仕事の面白さのいい指標になったよな、と思い出したので。みなさん、どんなランチを過ごしてますか?

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ランチ

いつもランチのときはどうしてる?どこで食べる?誰と?

毎日ランチを一緒に食べるチームと過ごしたことがあるけど、素晴らしいものだった。そうしないチームと過ごしたこともあるけど、毎日のランチの時間はひどく寂しいものだった。

大きなハイテク起業にはたいていカフェテリアがあって、無料(Google)だったり有料(マイクロソフト)だったりする。こういう会社にだって毎日食事を一緒にしようと努めているチームもあるけど、ほとんどのチームはそんなことはしない。ランチタイムにこの手の場所をうろついてみると、「ランチミーティング」をスケジュールに入れていた2人組をたくさん見かけることになるわけだけど、同時にひとりぼっちで食事している寂しい人たちも悲しいくらい大勢見る羽目になる。きっとその手の人たちは食べながら本を読んだりメールをチェックしたりしているから悲しんでいるようには見えないだろう。自分の机にランチを持って行って食べるからカフェテリアに独りで座ることもないかもしれない。きっと本当に人が嫌いで独りで食事する方が幸せなのかもしれない。あるいは、口でそう言っているだけなのかもしれない。

GoogleやMicrosoftでは、カフェテリアはとても混雑するので、ボッチの人は他のグループと一緒に座らなければいけない。というのも、テーブルを自分だけで専有するだけの余裕がないからだ。ときどき、一緒に座ったグループの人たちがボッチを会話に引き込もうとすることがある。でも大抵の場合、ボッチは社交的コンタクトの必要性を回避するためにスマートフォンでFarmbookをプレイするのに完全に没頭しているふりをするよう強いられている。すいません、自己紹介したいのはやまやまですが、キャベツのアップデートが忙しくて。

ランチをどこで誰と食べるのかはみんなが考えているよりもずっと大きな問題だ。心理学者の意見は決まっている。子供の頃を思い返せば、特に学校時代、それも中学生の頃は、どこで誰と食べるのかは記念碑的重要事項だったのはいうまでもない。どんな集団に入っても、たとえそれがヲタ連中であっても、ひとりぼっちで食事するよりずっとましだ。ボッチとギークにとって、学校のカフェテリアで一緒に食事する相手を探すのは多大なストレスの原因となり得るのだ。

私にいわせれば、仕事の同僚と一緒に食事をすることの重要性には議論の余地はない。運まかせにするには重要すぎることだ。だから私たちは、小さい丸テーブルたくさんではなく、長いテーブルで一緒に食事することにしている。そのため、新しくこの会社で働くことになった人が隅っこで独りで座るなんてことはあり得ない。お客さんが居れば、みんなで一緒に食事する。

Stack ExchangeとFog Creekは完全に分離した会社組織だけれど、それぞれのオフィスが同じビルにある利点を活かして毎日一緒に食事している。多くの人たちが仲間になって毎日同じ面子で固まっているが、それでもこれが実現できてとてもよかったと思っている。

Fog CreekにもStack Exchangeにも行き当たりばったりなことはたくさんあるけれど、ランチは違う。10年前、マイケルと私は最高の仕事場を作るというかなり野心的な目標を立てた。一緒に食事するというのは人間であること、人間らしい職場を持つことにとって重要な意味があり、初日からそれは私たちの持っている価値の一部であったわけだ。

フリーランスになって経験したトラブル

IT業界は新しいように見えても実際には汎用機の時代など含めてもう数十年の歴史があるわけですから、それなりに古株な人たちもたくさんいます。また他業種から流れてくる人も大勢いるので、決して特殊なタイプの人間の集まりではありません。したがって、どこの業界にもいるゴロツキや詐欺師、ヤクザや社畜、セールスガイはこの業界にもちゃんといるのです。

もっとも、貴方がよっぽどのエンタープライズ系の仕事をしているのでなければ、そんなにすごい大物な人に出会うことはありません。筆者のような零細の技術者であれば、巡り会うのはせいぜいケチな小悪党くらいのものです。こんなのに手こずるとは余っ程ダメ人間なんだなと笑われそうですが、これから同じような目に遭うかもしれない人たちのために、フリーランスになって出会った困った人たちについてまとめておこうと思います。ちなみに筆者は自分でコンテンツを立ち上げてそれで食べているわけではなく、受託案件で生活をまかなっているので、企業や企業の担当者との話に限定されます。

正直、恥をさらすようなものですが、それでも何かの教訓になればいいと思うので書いていきます。それにしても、トラブルのほとんどが「受注/発注処理があいまいである」ことが原因だったのがなんともいえません。

(1)受発注処理がきちんとしていない隙を狙う

営業と開発を同時にこなすのはなかなか大変なので、どちらかがおろそかになりがちです。通常、受託案件は見積りから営業の交渉があり、金額が決まって案件の発注、受注という流れになりますが、例えば知人やクライアントの紹介などで担当者同士で話がまとまり、正式な手続きなしで仕事が始まることもあります。そんな場合でも、見積りを出すこと無しに仕事が始まることは経験上一度もありませんでしたが、逆に受注と発注の処理は省略されるか後回しになることが結構ありました。

しかし、残念なことに、この手のケースは大抵後で問題が起きました。

例えば、ある開発案件では、新規案件のために200万の見積りを提出しました。B2Bのサイト構築で、内容はオーソドックスなウェブサイトなのですが、短期間での開発が求められるためRuby on Railsでの構築を提案したところ、特に問題ないとのご回答を頂き、何度か打ち合わせた後、スケジュールや素材が届いたので初期開発まで完了しました。正式な発注処理はなかったのですが、前に同じクライアントの別案件を請け負っていたこともあり、その流れで他とコンペになってもいなかったので、その辺りの処理は相手方にお任せ状態でした。開発は特に滞りなく進み、期日にも間に合ってめでたしめでたし、となるはずでした。

ところが、その後案件は二転三転します。サイト規模から事業計画まで、クライアント側で次々と変更が発生し、サイト自体がオープンしません。途中大きな変更が入り、結局、4ヶ月後になってやっと検収が完了したのですが、ほぼ同内容のものを二度構築するような目に遭いました。それでも、終わってしまえばまあよしとしましょう。残るは請求などの事務処理だけです。200万の案件ですから、以前会社に所属していた頃はなんでもないような金額ですが、フリーランスにとっては大金です。さらに、来年早々に出産を控える家庭にとってはありがたい話です。トータルで二ヶ月くらいは働いたので、報酬としては悪くありません。

しかし、この段になって急に呼び出しをくらいました。一次受けと筆者の間に入っていた業者が金額の調整がしたいというのです。なるほど、実はこの案件、最後になって要件の追加があり、その分については後日開発となっていました。しかし追加分については、当初の見積りの金額でカバーしても問題ない規模だったため、特に追加請求はしないことにしました。そのため、総額が支払われなくても追加分を除いた分でいったん清算する方が、追加分の検収を待ってまた支払いが延び延びになってしまうより余っ程ありがたいくらいだったのです。ところが、待ち合わせ場所で聞いたのは意外な話ばかりでした。開口一番、この案件の見積りは幾らだったのかと質問されました。見積りを提出したのはもう何ヶ月も前のことです。しかし出したことには変わりはないのですから、それを忘れたというのは幾らなんでも失礼です。何かあるぞと、今は手元にないので確認したいと返答したところ、その場で実際の稼働状況について聞き取り調査をされました。おおまかなところを答えたのですが、先方の担当者は渋い顔をしています。そして、おもむろに紙を取り出して計算を始めると、顔を上げて「これじゃ厳しいですね」と言い出しました。「あなたの日当が3万円として、総額にすると約70万円、でもこれだと予算を越えちゃうんだよね」「予算?予算って幾らなんですか?」「30万円」

驚きました。まず、なぜこの人がこちらの日当を勝手に決めて計算しているのかがわかりません。業界の相場というものがあるのかもしれませんが、それはそれ、こちらの見積りは見積りです。だいたいバイトじゃあるまいし、そんな日当で仕事をするつもりなど毛頭ありません。それから、なぜ今頃予算の話になるのでしょう。それに納品してから金額を調整するというのはいったいどういうことでしょうか。もう、わけがわかりません。業務の中にはサーバ構築など技術料をプログラム開発とは別にしたい項目も含まれるので、単純に日雇いの計算などされるいわれはありません。そもそも見積りと全く関係のない、しかも恐ろしいほど低い金額で話を進めようとする意図が理解できません。

「ちょっと待ってください、最初にこちらから提出した見積りがありますよね?その金額は200万円です。それでOKというお話だったので作業を進めたんですよ。そこに交渉の余地なんかありません。そもそもこの金額は案件の費用の総額の何パーセント分なんですか?」

「それは確認していない」

「だいたい、この金額の案件なら、最初から受注なんかしていませんよ。もちろん、信用していたからといって受発注をきちんとしなかったこちらにも非があります。なので、まずあなたのおっしゃる金額というのは、お客様が開発は何パーセント納品/検収済みで、それに対して総額の何パーセントをお支払いするとお考えなのか確認してください」

「確認しましょう」

「それもわからないということなんですね。これが総額という可能性もあるということですか?」

「確認しましょう」

「(絶望して)今後の開発については、正式な受発注手続き無しには一切進めません。それはご理解ください」

こんな不毛なやり取りだけで打ち合わせは終了しました。この規模の案件ですから、それなりの準備や他のクライアント様とのスケジュールの調整も必要になります。年間で受注する仕事の量もこの見積りをベースにしているわけですから、それが大きく計画と異なることになってしまいます。言い方は悪いですが、これは立派な詐欺です。ソースコードの引き上げも含めて現在いろいろ検討しているところです。

というわけで教訓。大人は信用なんかで仕事を進めてはいけません。営業職には基本中の基本でしょうが、開発の人は忘れがちなので書いておきます。受注、発注は双方でハンコを押した書類が揃って初めて完了です。それまでは開発に着手してはいけません。

(2)業務内容が全て記載されていないのにつけ込む

見積りが複雑になり、案件が当初の規模からころころと変わって何度も見積りを出し直すことになった経験はあるでしょうか。ここに問題が発生する隙が生じることがあります。何度目かのやり取りを経て「では、最後にAndroidとiPhoneのアプリ開発、両方の見積りをください」そんな依頼で提出した二通の見積りで開発が開始された案件で、開発終了後に請求を送ったところ、いや、片方の分しか発注していないと突き返されたことがありました。そういうつもりじゃなかった、とは担当者の弁ですが、意図がどうこうという問題ではありません。しかし、確かに見積書には「スマートフォン向けアプリ開発」と書かれているので、完全に間違っているとはいえませんでした。それはそれで、こちらのミスではあります。片方分の支払いは滞り無く、また担当者に謝罪はされましたが、それでもこちらとしては大損しただけなので非常にがっかりしました。

要件が完全に定まっていない場合、変更要求にどこまで応じられるかの案分も大事です。営業の人は仕事を取ることに必死ですから無茶な要件をねじ込むことも珍しくはありません。携帯サイトを開発していたつもりが、いつの間にかPCに対応し、スマートフォンに対応し、挙げ句の果てには店舗据え置き機器からFelicaで認証する機能まで実装せざるを得なくなった案件がありましたが、この手の話はザラにあります。いくつかの機能は別途費用を請求できましたが、他は営業に押し切られました。別の案件では管理画面の機能がいくつか後になって追加されてしまい、別途請求しようとしても「いや、みんな頑張ってるんですから」と妙な説教をされる始末。

さらに難しいのが、社会人は他人に親切をするのは決して正しいことではないという問題があります。何かトラブルを起こした人がいたとして、親切心から対応してあげるとします。例えば要件定義が下手で必要な機能が含まれていなかった場合、仕方がないので追加費用無しで開発してあげると、その人もきっと喜んでくれるでしょう。ところが、社会人というのは親切を親切で返していたら上司に怒られてしまいますので、こちらのミスで何か実装が抜けていたりなんかした場合には、途端に手のひらを返して責めてくるのが普通です。社畜たるもの「上司>>>>>>>>>>客>>>越えられない壁>>>>下請け」という序列を骨の髄にまでインプットしているのが当たり前なのですから。また、そもそもトラブルを起こす人というのは、それなりの理由(無能、怠惰、口に出すのもはばかられるほどの悲しい理由など)があるのですから、この次もまた何かやらかす可能性は高いはずです。今回はたまたまそれがこちらが親切にすれば収束するものであったとしても、この次はそうはいかないかもしれません。そのとき、この人が言い訳として問題をあなたのせいにしてしまうことはあり得ないでしょうか。下請け業者のせいにすることは社会人にとってアリを踏みつぶすくらいの良心の呵責しか感じられない行為だということを理解しておく必要があります。

(3)損失を弁済させようとする

企業間の取引であれば、基本契約やNDAなどは事務型の基本的な作業ですが、フリーランスのプログラマの場合、その手の作業はクライアント側で用意してもらうことも多いかと思います。または、そもそもそんなやり取りもなく開発して納品するケースもあるでしょう。

しかし、基本契約を結ばずに業務を請け負うと、トラブルが発生した場合に面倒なことになります。例えば、よくある契約にはソフトウェアのトラブルが原因で発生した損失については受注金額を補償の上限とする、みたいな条項が含まれています。これがないとどこまで責任を負うべきか不明確になり、裁判になると個人はどうしても弱いので負けることになります。また裁判にはならなくても、下請け業者というのは弱い立場なので無理な要求を飲まされることになってしまいます。クライアントとの間に別の業者が挟まっていたりすると余計にそうなることが多いでしょう。

というわけで、フリーランスの開発者には、ガチガチな契約か、損をしても知らんぷりする余裕のどちらかが求められます。

フリーランスになって1年が過ぎて その3・よかったこと

Twitter経由でひどい話を読んだのですが、まだ20歳と若いのにそこまで絶望するとは驚きました。

ぼくが会社を辞めたのは20歳などとうに過ぎて30代も終盤に入ってから、子供も二人いて、家のローンもたんまり残っていました。退職金なんかありません。預金もないし、もちろん売り払うストックオプションもなく、ついでにいうと有給だって全然残っていませんでした(フレックス制もなく、遅刻は全部午前半休扱いなのでそれに使ったため毎年ほぼ100%消化、確か一週間もなかった)。5年間ずっと携帯向けサービスを作る仕事をしていましたが、構築したシステムはアクセス数こそそこそこあるけれど、新しめの技術など一切使わない、それどころか当時もまだPHP4しか動いていないような職場だったので、業務から得た知識だけでは他所では全く通用しない状態でした。今から考えるとぞっとしますが、勢いで辞めて生き残ったのも、周囲の暖かい支えと運もあったんだと思います。

ただ、本当にまったくの徒手空拳でフリーランスになったわけではありません。ぼくはぜんぜん出世しない人間だったので、会社の中でも比較的暇な、といって悪ければ会社の花形っぽい開発部門じゃない、例えば既存のシステムの保守なんかの仕事を割り当てられることがよくありました。企業向けのウェブアプリのユーザって、管理画面なんかはそれを利用する人は全部合わせても会社の担当者がたった数名だったりするじゃないですか。しかも、自社のウェブサイトだったりなんかすると、利用者はみんなそこら辺の席に座っている人です。そこで、そういう環境のメンテナンスになるたびに、あれやこれやと覚えたての技術を組み込んで、実際に使ってもらって試したりしていました。JavaScriptが苦手だったのでインクリメンタルサーチや各種エフェクトなどあれこれ作ってみたり、Prototype.js以前のAjaxなんか、今となっては貴重な経験ですよね。それから、また忙しい部署に配属されましたが、そこはRedmineもない環境だったので、自分でそこら辺のあまってるマシンに入れて動かしているうちにRailsを覚えたり、誰も見ていないところでは使い捨てのスクリプトはみんな好きな言語に切り替えて勉強したりもできました。そうそう、暇な頃には、風の噂では未だにPHP5に移植できていないらしい会社のCMSをPHP5に移植して自分のマシンでオンラインブックマークのシステムを動かしていましたが、マシンの持ち込みが禁止されてしばらく忘れていたらディスクが飛んで消えました。そのマシンではGoogleデスクトップのMac版がなかった頃にPDF、Excel、WordをFerretで全文検索して、ついでにPDFのガードを解除する仕組みも動いていました。ようするに、まだ試したことはないけど勉強だけは結構しっかりやっていたので、脳みそに貯金だけはかなりありました。でも、墓場までもっていける貯金などないのですから、どこかで使ってやろうと思い立ったのが仕事を辞めることだった、ということなのです。

ぼくは特別優れたプログラマではないし(だったらなんかすごいことやってるでしょ?)、経験もかなり偏っていると思います。TOEICで900点を目指せといわれたら頑張りますが、情報系の資格は面倒くさいです。だけど、プログラムを作って手を動かすのは好きだし、何か気になるものがあったら手を出してしまう性格なので、常に挑戦する対象には事欠きません。また、そこで身につけたことを仕事にして何かリリースしないと気が済まないので、フリーランスになってそんな特性を活かした仕事をすることが出来るようになったのが、一番の収穫でした。最近よく思うのですが、何か当たらしいことを始めたい、始めないといけない、と考えている会社はいっぱいありますが、でもいざ実際に何かしようとなると、全然うまくいかなかったり、そもそも始めることさえ出来ないなんてケースは、実はかなりたくさんあると思います。その原因はさまざまでしょうが、ひょっとしたら、社内にくすぶっている冴えない誰かにそんな妙な能力があったりするかもしれないし、それを見落としてずっと損をしていることも、あり得ないことじゃないんじゃないですかね。

もちろん、こんな状態があと何年続くかはわかりません。どこかで書いた気もしますが、まるでアイドルのように、いつか自分への需要がなくなってしまう、いやもうそろそろ底を尽きているんじゃないか、という恐怖は夜空の月のように常につきまとっています。でも、まあ、とりあえず今のところは、まあ、よかったんじゃないかな、と思います。

あ、肝心のお金だけど、辞めてからの方がずっと儲かってるよ!てへ!言っちゃった!じゃあね!バイバイ!

フリーランスになって1年が過ぎて その2・困ったこと

組織と個人では、絶対に個人が弱いです。それに、仕事を持って来てもらう立場にいると、仕事を供給する立場の人の方が強いです。そのため、例えば事前に説明されていないようなことが、無理強いされてこちらのタスクに組み込まれてしまうことがあります。

一番困るのが、下手な知識があるので細かい違いが分からず、結果的にゴリ押ししてしまうタイプ。

「そういえば、このサイトってスマートフォンで見られるよね?」
「ブラウザで表示することは可能だと思います」
「いや、それじゃ見にくいでしょ。プラグインでさっと対応できるよね?」

同じ魚だからと金魚の水槽でクマノミを飼おうとしてもダメなのと同じで、開発者なら誰でもこの「プラグインを入れるだけで解決」みたいなのが信用ならないと知っているかと思いますが、プログラムを書かない人にとっては、いくつかの似たような例を参考に、こんな結論に至ってしまうケースがあります。

その次に困るのが、ただゴリ押ししてくるタイプ。

「ここの画面に帳票管理機能が必要になったからよろしくお願いします」
「いやいや、無理ですよ。納期間近なのに。そもそも工数が違うんだから再見積りにしてください」
「ちょっと待って、そこは頑張ってくださいよ。こっちだって必死になって仕事とってきてるんですから」

仕事をまわす人は、仕事をもらう人より意見が優先されます。上の例はきっと誰かのミスで「帳票管理機」とやらが必要だったのが要件から漏れていたわけですが、会社と個人の争いになれば、こんな風にゴリ押しされたら個人の側はひとたまりもありません。たとえ相手に単純に騙されたんだとしても、なかなか強く言い出せないのです。

他にも、例えばお客様の都合でリリースが延期されたり、プロジェクトがなくなってしまうことがあります。そんなとき、蓄えがないと二ヶ月くらい収入がなくなります。最初の頃はこういうことが続いたため、かなり苦しい目に遭いました。

この手のトラブルを避けられない以上、フリーランスのソフトウェア開発者というのは非常に脆弱な地盤の上に立っていることになります。これは間違いありません。これは構造的な問題のような気がするのですが、それを是正する手段を持たない人にはどうしようもありません。でも、会社の経営だって、よく考えたらそういうものですよね。そういう意味では、個人というのは従業員ひとりだけの会社みたいなものです。そのかわり、経営者としてボンクラ社員をいじめて憂さ晴らししたり、給与カットで自主退職を狙ったり、いっそ思い切ってクビにして切り捨てて逃げようとしても、靴ひもを引っ張って空を飛ぼうとするかのような目に遭うだけですけどね。

フリーランスになって1年が過ぎて その1・お金

前職に居た頃、ちょっとどうかと思う同僚に、何かの折に「もうあなたの年齢やキャリアでは転職もままならないでしょ」と脅されたのを契機に、それならいっちょやってみようと決意して、フリーランスになってから早いものでもう一年になりました。家族4人でそれなりに暮らしてはいけているので、大失敗というわけでもなかったようです。

フリーランスで仕事をする場合、毎月の経費がどれくらいかかるのかだいたいわかってきました。まあ、食費や交通費みたいなものは受注した仕事によって左右されるので除きますが、その他はだいたいこれくらいです:

・電気代 8,000円

自宅の真夏の電気代はこれくらいでした。自宅ではサーバが一台常時稼働しています。作業中はMacbookProと外部ディスプレイが一台稼働しています。部屋にはクーラーがあります。

・通信費 20,000円

プロバイダ料金、携帯(仕事柄ガラケーの契約も切れません)、iPhone、電話代が合わせてこれくらいです。家族分を含みます。

・書籍、資料 10,000円

Safari Books Onlineに1,765円支払っています。急に未知の言語の仕事が舞い込んできたり、調べものをするのに重宝しています。特にフリーランスになってからウェブ開発からスマートフォンのアプリ開発に重心がシフトした関係で、とても助かっています。

とはいえ、他にもSafari Books Onlineでは入手できない資料だって必要になります。こう見えても一応知的労働に従事しているわけですから、勉強し続けないとすぐに立ち行かなくなります。みなさんはエンジニアを大事にしてくれて、書籍代やカンファレンス、勉強会の費用は当然のように支給してくれる会社にいるのかもしれませんが、フリーランスになると自己投資は欠かせません。

・保険、年金 56,372円

これにはちょっと仰天しました。かみさんと二人分の国民年金が30,040円、国民健康保険が26,332円です。こんなに払ってるのに将来年金がきちんと支払われるかわからないなんて、思わず革命家になってしまいそうです。あるいは、自分が保険組合になってしまいたいです。厚生年金に切り替わるし、福利厚生なんかどうせみんな抽選で外れたことにしちゃえばいいし。まったく。

というわけで、ぼくの場合、上記の合計12万ちょっと+家のローン+生活費が最低限稼がなくてはいけない金額ということになります。もちろん、貯蓄とかなんだとかも含めないと子供の将来が大変なことになってしまいます。今のところ、まあまあギリギリ及第点ですかね。